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魔王レナコルデイ |
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どこを見ても何も見えない。見えるのは自分自身の姿と、傍に転がっている紫の珠……紫光の宝珠だけだ。 (ここが魔界、なの?) ナダはごしごしと目をこすって、もう一度周囲を見回した。やはり何も見えない。足元までもが暗闇のせいで、床か地面がきちんとあるのかさえ分からない。 トントン、と爪先で足元を蹴ってみる。何箇所か試してみるが、足場はしっかりとしているらしい。少し安心して、ナダは紫光の宝珠を拾った。 その途端、紫光の宝珠がぼうっと光り、辺りを紫に照らした。その光りが収束して、一方へ伸びる。そこに照らされているものを見て、ナダは息を呑んだ。 誰かが横たわっていた。とても美しい誰かが艶やかな長い黒髪を広げ、胸に一振りの立派な剣を突き立てられて……。 (魔王……レナコルディ……) 何の理屈もなく、心がそう理解した。 胸が痛んだ。剣を突き立てられたその姿が、あまりに痛々しいからかもしれない。 ナダは紫光の宝珠をそっと床に置き、我知らず、剣に手を伸ばしていた。美しく精緻な細工の施された黄金の柄に、細い指先が震えながら触れる。そして、ぎゅっと握り締めた。 剣が一瞬、目の眩むような金色の強烈な光りを放った。 そして、その光が消えていくとともに、剣は砂山が風に吹き飛ばされていくように、崩れて消えた。 紫光の宝珠が放つ紫の淡い光の中、魔王は静かに目を開けた。そして、ゆっくりと上体を起こす。紫の瞳が……紫光の宝珠と同じ色の瞳が、ナダに向けられる。 ナダは膝を付き、自然と呼びかけていた。 「……レナコルディ様……」 「ああ……そなたか……そなたが我を……」 とても優しい、慈愛といえるほどに優しい紫の瞳。そして、指輪の嵌った白いてが、そっとナダの頬に触れた。 「変わらぬな、そなたは。転生しても、少しも変わっておらぬ。美しい姿と、それに見合う美しい魂……。そなた、今は何と呼ばれる?」 「ナダ=ルーア……です」 「ナダ=ルーア、か……」 繰り返すと、レナコルディはナダの体を優しく抱き寄せた。 「再び会うことができて嬉しいぞ、ナダ……我が妻よ……」 レナコルディの唇が、そっとナダの額に触れた。 とくん……と、ナダの体そのものが脈打つ。はらりと落ちかかったレナコルディの黒髪がナダの頬をそっと撫で、それを鎮めていく。意識を失ってしまいそうなほどの陶酔感に、ナダはぐったりと目を閉じた。 「ナダ、そなたは我が妻なれど、人間の子。それなのによいのか? 我がこのまま玉座につけば、魔界が目覚める。その衝撃が、アラウィサクに天変地異を引き起こそう。各地に封じられた魔物やジラルの亡霊たちが力を得、アラウィサクは滅びるやもしれぬ。そなた、それでもよいのか?」 「……はい」 目を開けて、ナダは頷いた。アラウィサクには、自分の居場所はない。皆が自分を拒む。もう自分には、そんな世界なんて、関係ない……。 「そう……か」 レナコルディの声に憂いがあった。 「また傷つけられたのだな。ラトカーティスの民は、我ゆえに、またそなたを傷つけたのだな。千年の昔、そなたがラトカーティスよりも魔王である我を選んだがゆえに、また……」 「魔王……?」 ナダはじっとレナコルディを見た。あまりに美しく、あまりに気高い姿を。 「あなたは本当は魔王などではなかったのでは……? あたしには……あなたが魔王に見えない……」 レナコルディは憂い顔のまま微笑んだ。 「そう、そなたは千年前にも同じことを言った。我の目を恐れげもなく、真っ直ぐに見て、な。我はそんなそなたに惹かれ……人間の子であるそなたを愛したのだ」 魔王の紫の瞳が、じっとナダを見つめる。慈愛と、それを超える愛を込めて。 「よかろう。そなたと共に、玉座につこう」 暗闇じゅうが震えた。主が目覚めた喜びにうち震えるように。 どこか遠くで、雷鳴の轟く音がする。アラウィサクの空、だろうか? ナダとレナコルディ、ふたりの周囲から闇が退いていく。夜明けを迎えた大地が日の出と共に色彩を取り戻していくように、魔界にも色彩と力が甦っていく。 ナダは不意に理解した。レナコルディはやはり魔王などではなく、本来は神なのだと。アラウィサクの守護神ラトカーティスと同じ存在……神。 気が付くと、美しい宮殿の中にいた。 窓の外は、ナダの瞳の色の空。 茫然とそれらを見回していたナダの手を取り、レナコルディは二つある玉座の前へ導いた。 「これは、そなたのための玉座。いつも我が傍らにおるがよい。そこが、そなたの居場所だ」 ナダはレナコルディを見上げた。そして、黙って静かに頷いたのだった。 |
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