6.
また場面が変わる。
五歳のナダは、一人の女性と手を繋いで町の通りを歩いていた。 その女性は、ナダの養い親。無残な父親の遺体の傍で茫然と座っていたナダを見つけた狩人からナダを引き取ってくれた、商人の妻だ。この商人の家は裕福だが子供はなく、親を無残な形で亡くしたナダを憐れみ、とても可愛がってくれた。 買い物に行った帰りだった。そこへ、暴走した馬が突っ込んできた。 その場の誰が見ても、ナダたちの助かる見込みはなかった。ナダと義母は、恐怖に身を縮めるしかなすすべがなかった。 しかし、あわや、というときに、紫の光が奇跡を起こした。馬が砕け散ったのだ。 ナダと義母は命拾いした。しかし、義母の顔はさっきよりも激しい恐怖に歪み、震えていた。ナダを見て……紫の光の余韻に包まれた、幼い少女を見て。 その場には、多くの通行人がいた。皆が今の事件を目撃していた。紫の光を放つ幼い少女と、馬の残骸……しーんと不気味に静まり返った通り。 「ば……化け物だ……!」 誰かが囁いたその声で、一斉に皆が騒ぎ始めた。こんなときにいつも守ってくれた父親は、もういない。ナダの父親の死の真相を知った義母が、守ってくれるはずもない。 引き立てられていった神殿で、ナダは悪魔の子として火刑を宣告された。翌日、神殿前の広場に連れ出され、ナダは木の杭に縛られた。 足元に柴が積まれる。次に油。そして、火のついた松明が何本も、そこに放り投げられた。 ナダは泣いた。叫んだ。怖くて怖くて、必死に助けを求めた。 だが、誰も助けてなどくれない。ナダを約一年間可愛がって育ててくれた商人夫婦も、ナダと目が合うと逸らしてしまい……。 ちろりと舌を伸ばした炎に足を焼かれ、悲鳴をあげる。 (どうして……? どうして……?) ナダには分からなかった。父親が死んだのも馬が死んだのも、自分がやったことだとは夢にも思っていなかったのだ。幼いナダには理解できなかった。紫の光を出していたのは自分だったのだ、ということを……。 炎の勢いが急激に大きくなる。そして、幼いナダの小さな体を呑み込む。 「ああああああああああああああっ!!!!」 生きながらその身を焼かれる少女の激しい苦痛の悲鳴と共に、紫の光が燃え盛る炎の中から凄まじい勢いで迸った。 処刑の柱を囲って地面に描かれていた魔よけの砂の結界が消し飛ぶ。 町そのものが一斉に火を噴く。 そして、ナダを襲っていた炎は矛先を変え、まるで生き物のように人垣を襲った……。 そうして、メリトの町は、幼いナダ一人を残して滅亡した。
ナダは硬直していた。 目を見開き、強張った顔に激しい衝撃が表れていた。涙も出ないほどの衝撃が……。 知らなければよかった。こんな思いをするのなら……自分の存在が呪われたものだと分かるだけなら。 だから、師匠のヴォーヌはナダを塔に閉じ込めたのだ。ナダの恐ろしい魔力と記憶を封印して。魔法を教えてくれなかったのも、魔力の宿る髪を伸ばさせなかったのも、全てこのせい……。 「あたしは、この世界にいてはいけない人間……あたしの居場所は、どこにもない……」 自分が確かに世界に存在しているという証が欲しかったのに……それなのに……。 <紫光の宝珠>がナダの手から転げ落ちる。いや、転げ落ちたのは<紫光の宝珠>だけではない……。 「あたしは……どこに行けばいいの……? あたしは……」 うわ言のように呟くナダに、亡霊の王が歩み寄る。 「魔界へ」 「魔……界……?」 「そう、あなたは<魔王の妃>たる方。魔王レナコルディ様をお目醒めさせ、お妃となられる定め。さあ、その珠で魔界の門を開き、あなたの夫たるお方の御許へ参られるがよい。そこが、あなたの本来いるべき場所ゆえ」 バスカークは、月光草の中に転がった<紫光の宝珠>を指した。 「魔界……そこになら、本当にあたしの居場所があるの……?」 ナダは虚ろな瞳でそう尋ねる。バスカークは黙って頷く。 「そう……それなら、あたし……行くわ……」 ナダは膝をついて<紫光の宝珠>に手を伸ばした。そのとき、その手首に嵌まっている細い三つ網の黒い輪に目が留まった。 「……ルイン……」 そのままナダは、初めての友情の証を見つめていた。しかし、やがて小さく首を横に振った。 「あなたも同じ……あたしを忌み嫌う……」 ナダは一度として外したことのなかったルインの黒髪の腕輪を、その結び目をほどいてしまった。そして改めて<紫光の宝珠>を拾い上げると、ぎゅっと胸に押し当てた。
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