1.
「捨ておけ、レルディン。この世界はもう、我々のものではない。我々にはラトカーティス様が新しく創ってくださる世界があるのだ。だから、この世界がどうなろうと、我らの知ったことではない」 何度、父にそう言われただろう。しかし、レルディンには納得できなかった。だから、いつもこう言い返した。 「わたしは嫌です。いくら人間に毒されていようとも、このアラウィサクがわたしたちの生まれた世界。それを見捨てて他の世界へ去ることなど、わたしはしたくありません。たとえこの森の中にしか安住の地がなくても、わたしはわたしの生まれたこの世界で生きていきたいのです」 レルディンがどれだけ主張しても、一族の者は皆、父と同じ考えだった。 (永生が魂を澱ませている……) レルディンは苦々しく思った。 (でも、わたしは違う。わたしひとりでも、何とかしてみせる……!) レルディンはある夜、誰にも何も告げず、ひとりで故郷の森を出た。何年も何年も、世界じゅうを彷徨い歩いた。 ただ一人の人間の娘を探して……そして、その娘を殺すために……。
「……どういうことなんだ……?」 ラウェルスの声がした。ナダは夢の中で、その声を聞いていた。 「レルディン、おまえ、全てを知っているんだろう? 知っていて、俺たちと一緒に来たんだ」 「ええ。でも、もしや、と思っただけで、確信していたわけではありませんでした。何者かによって、ナダの魔力は巧妙に、そして強力に封印されていたようで……あのときまでは確信できなかったのです」 レルディンの声。いつもの涼しげな声。しかし、ラウェルスの声には、微かに苛立ちが混じってきた。 「もって回った言い方するな。きちんと話せ」 「仕方ないですね……。まあ、いいでしょう。千年前に魔王レナコルディを封じた英雄の血と名をもつあなたが、わたしに、そしてナダに出会ったことは、宿命だったのかもしれませんからね……」 そう前置きすると、レルディンは静かに語り始めた。 「まず、結論から言いましょう。あの少女は……ナダは、<魔王の妃>です」 <魔王の妃>……何だろう。何のことだろう。ナダには分からなかった。 「<魔王の妃>とは、魔王を眠りから呼び醒ます者。それができる唯一の、とてつもなく危険な存在です」 「ちょっと待て。なぜナダがそうだと?」 「あなたも見たでしょう? あの凄まじい破壊の力を。あなたの兄上を殺した、あの力を」 「……」 ラウェルスが動揺しているのが分かる。兄の無残な最期を思い出したのだろう。 「だが……証拠には……」 「分かるのですよ、わたしには。ナダの魔力を感知できさえすれば、いつでも分かったのです。わたしは……妖精族なのですから」 「……妖精……だって……!?」 「ええ、わたしは人間ではありません。エトネーラの森に住む、妖精王の子です」 ああ……だから……。ナダは納得していた。これで全てのことが説明できる。人間離れした美しさ、膨大な知識、翅妖精の里でのこと、ジラルに来てから見せた白い光の魔力……。 「わたしたち妖精族には、ある予言がありました。いつの日か<魔王の妃>がこの世に生を享ける。その者、魔王を深き眠りより呼び醒まし、アラウィサクの地は混沌と化す、と。そして、今から17年前の<露の月>1日、わたしたちは強烈な魔力を感じました。それは一瞬の閃光のようなものでしたが、わたしたちには分かったのです、<魔王の妃>が生まれたのだということが。そして、この日から、世界が少しずつ狂ってきたのですよ」 「……それで、その子を探すために旅に出た、と……?」 「ええ。父や一族の者の反対に遭い、随分と出発が遅れたのですが……何とか手がかりを掴もうとして、妙な噂のある場所へは残らず赴き、長い間探し続けました。メリトの町もその一つです。そこで、わたしはあなたがたに出会い……そして今、やっと目的の少女を見つけたわけです」 沈黙。重い空気……。 どのくらい経ったのだろうか。 ラウェルスが重く……重く口を開いた。 「どうしても殺すつもりなのか……?」 「そうしなければ、アラウィサクは滅びます。ですから、わたしはナダを追います。あなたはどうしますか、ラウェルス?」 「俺は……」 ラウェルスは言い澱んだ。 (ああ……もう、それで充分……!) ナダは耳を塞いだ。すぐに拒んでくれなかった、それだけで充分。もう、これ以上は聞きたくない。 (聞きたくない……!!)
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