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亡者の王国 |
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7. 崩れかけの壁の一つの陰から、物音がした。そこから床に、黒い影が伸びる。ラウェルスは、ハッとそちらに向き直り、反射的に腰の剣に手を遣った。が、そこに剣はなかった。ここへ赴くとき、ラウェルスは故意に丸腰になったのだ。兄と争うつもりはない、という意思表示。そして、兄を信じたいという心だった。 床に伸びてきた影は大きく、異様な形だった。そして、現れたその姿は……。 それは、人間より一回りは大きかった。二本足で直立歩行してはいるが、腕は四本。皮膚の色は赤黒く……おそらくヌメヌメとしているのだろう。昇ったばかりの月と壁に取り付けられた松明の光を受けて、ぬらぬらと気味悪く光っている。 奇怪で醜悪な顔面には、大きな目が一つ。尖った耳まで裂けた口にはギザギザの黄ばんだ歯が並んでいて、シューシューと耳障りな音を立てていた。 (なぜ兄上が、こんな怪物を操れるんだ? <紫光の宝珠>の力か……?) ラウェルスは顔をしかめた。いつもは自信たっぷりの彼も、さすがに丸腰でこの怪物の相手をするのは厄介だと感じたのだろうか。それとも、ただ単に怪物が気持ち悪いだけなのか。 「丸腰で来るとは、わたしも見くびられたものだな。さて、そのツケを払えるのかな、ラン?」 では、セシオスはちゃんと知っていたのだ。ラウェルスが丸腰だということを。しかし、そこに込められたラウェルスの思いには全く気づかないのだ。 セシオスが隅に離れ、もう一度笛を吹いた。それを合図に、怪物がラウェルスに突進した。 ラウェルスはひらりと身をかわし、それをやり過ごした。しかし、怪物は図体のわりには意外と身のこなしが早く、すぐに踏みとどまって向きを変えた。そして、四本の太い腕を次々とラウェルスに振り下ろす。 体を捻ってそれらも全てかわしたラウェルスは、その姿勢から怪物の横腹に強烈な拳を打ち込んだ。再び怪物の腕が振りかざされたが、それが降ってくるより一瞬早く、ラウェルスは後ろに飛び退っていた。 ラウェルスの予想どおり、拳などでは弾力のある体の怪物には痛くも痒くもないようだ。やはり剣が要る。それとも、頭を使うか、だ。 ラウェルスは低く身構えて、じっと怪物の一つ目を見据えた。その気迫が怪物を牽制している。ラウェルスと怪物はじりじりと、ほんの僅かずつ位置を変えながら、長い間向き合ったままだ。 (どうすればいい……?) 下手には動けない。一度動いたら、もうやり直しはできない。 何か役に立つ<風の王>の加護はないだろうか? いや、駄目だ。ラウェルスと同じ血筋のセシオスには、それを解除することができる。 じりじりと時間だけが過ぎる。ラウェルスの頬を汗が一筋、流れ落ちる。 怪物が落ち着かなげに身じろぐ。長時間の対峙に苛立ち始めているのだ。もう、そんなに長くは抑えておけないだろう。 (ええい、何てバカなんだ、俺は!) ラウェルスが苛立たしくそう思ったとき。 「ラン!」 悲鳴のように叫ぶ、少女の声が聞こえた。 |
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