亡者の王国

5.

「プルミア……!」
 驚きにそう叫んだナダに一瞥をくれてからレルディンへ視線を転じ、プルミアはいまいましげに言った。
「勘も良い。伝説にも異様に詳しい。厄介な者がラウェルスに付いていることよ。やはり消えてもらわねばなるまい」
 ナダたちをここに導いたときの大袈裟な腰の低さはまるでなく、姿は同じなのに別の人間のようだった。そのあまりの豹変振りにナダは面食らっていたが、レルディンの表情は変わらなかった。
「できるのですか? そのような身のあなたに、このわたしを」
「何だと? ……うっ!」
 プルミアの体が硬直した。見ると、差し向けられたレルディンの右手に白い光が宿っている。その力を振りほどこうと身悶えする魔女に、レルディンはやはり涼しく言った。
「無理に動くと、借り物の肉体が崩れてしまいますよ」
「くっ……!」
 プルミアは尚も抵抗を試みたが、その分レルディンの右手に宿る白光は輝きを増し、それとともに魔女の体の内からも同じ光が滲み出してきた。
「そ……そうか……おまえは……」
 苦しげなその声は確かにプルミアから発せられているのに、さっきまでとは全く異なっていた。男の声になっている……?
 それでもレルディンの涼しげな表情は変わらない。夏の森色の瞳は冷たいほど澄んで。長い銀の髪が、そよ風に吹かれているようにゆらゆらと揺れて。そのあまりに静かなたたずまいは容姿の美しさと相まって、レルディンをこの上もなく恐ろしく見せた。
「やむを得ぬ」
 プルミアの口から発せられた男の声がそう言い、次の瞬間、その体から黒い半透明の影のようなものが抜け出した。それは定かな形を成さないまま、逃げるように忽然と姿を消した。
 レルディンは手を下ろした。その手の白光が消え、プルミアの体から滲み出していた同じ光も消えた。そして……。
「あっ……!」
 ナダは両手で口を押さえて後じさった。
 プルミアの体がボロボロと崩れ落ちたのだ。そして、みるみるうちに、魔女の立っていた場所には土くれのようなものが積っているだけになった。黒い魔術師の衣も肉体も、骨すらもが崩れて、塵と化してしまった。
「何……? 何なの、いったい……?」
 ナダはうろたえた。そしてレルディンを……美しすぎるその顔を、不安げに見上げる。
「どうして……? あなた、いったい何者……?」
 取り乱す寸前のぎりぎりの状態のナダを、レルディンは静かに見つめ返した。
「あの魔女は、とうの昔に死んでいたのです。その空の肉体を別の亡霊が自分の仮の肉体として利用していたのですよ」
「じゃあ、プルミアの体から抜け出した影みたいなものが亡霊? それが抜けたから、あの人の肉体は突然に一気に時を取り戻して……本来そうなってるはずの状態に……塵に戻った?」
 それを聞いて、レルディンは感心したというように僅かに微笑んだ。
「本当に賢いですね、あなたは。そのとおりですよ」
「いつから知ってたの? ひょっとして初めっから……?」
 レルディンはまたもや微笑んだ。ナダはレルデインに詰め寄った。
「どうして!? 分かってたんなら、どうしてもっと早く……!」
「少し様子を見てみたかったからですよ。そんなことより、ラウェルスの所に行ってみた方がいいかもしれません」
 ナダの動きがぴたりと止まった。
「どういうこと? ラン、危ないの?」
「あるいは。剣も置いていっていますしね」
 そう答えつつも全く慌てることなく、レルディンはラウェルスの座っていた真ん中の寝台の下から剣を取り出した。
「どうしてこんなこと!」
 そう叫ぶなり、ナダはレルディンの手から剣をひったくって、部屋を駆け出していった。
 自分の正体への質問をうまくはぐらかしたレルディンは、その背を思案顔で見つめていた。が、すぐにナダの後を追った。
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