亡者の王国

3.

 そこは、メリトの町の廃墟と、いくらか似ていた。
 破壊された町の風景は、どこも寒々しくて物悲しい。メリトの建物は殆どが木造で、それが黒焦げている風景だったが、ここは打ち砕かれた石造の建物。違いはそれだけで。
 いや、もっと違う点がある。それは生命の有無。メリトは事実、死に絶えていた。大地そのものが死んでいたから、小さな草一本、クモの巣一つなかった。
 しかし、この都は違う。壊れた石畳の間に、草が育っている。ところどころに木立すら見受けられた。この都を滅ぼしたのはラトカーティス神の力。破壊の力といえども、慈悲があるのだろうか。再生の約束という慈悲が。
(それでも、どうして……?)
 ナダは既に黄昏ている空を見上げた。天に向かって問いかけるかのように。
(ジラルは本当に滅びるしかなかったの……?)
 ナダにはまだ、納得しきれないのだった。
 プルミアは、とある塔の前で足を止めた。上層部は崩れてしまっていて、下二階分ほどしか残っていない。同じような塔の残骸が都の四隅にあることを考えれば、この塔は恐らく物見の塔だったのだろう。
 プルミアが振り向き、恭しく言った。
「セシオス様はこの塔にご滞在でございます。皆様にもここにお部屋をご用意してございますゆえ、まずはごゆるりとなさいませ」
 ラウェルスは厳しい目つきで塔を見上げた。その壁の向こうにいるだろう兄を、見据えるかのように……。


 塔の中は、周囲の廃墟やこの塔自身の外観から想像するよりは、ずっと整えられていた。長い長い時のなかで朽ちてしまっている木の扉はできるかぎり修復してあるし、床にさぞ積もっていただろう埃や瓦礫、クモの巣なども綺麗に掃除されている。ただ、補修しきれなかった壁や床のひび割れが、古の破壊を物語っていた。
 ナダたちにあてがわれた部屋も、よく整えられていた。
「何か……信じられない……」
 入るなり、ナダが呟いた。
 窓にはきちんとカーテンがかかっているし、部屋の中央に置いてある小卓に水盤と水差しが置いてある。その水盤に張られた水には、馨しいバラの花びらが数枚浮かんでいる。そして、寝心地の良さそうな寝台が三つ。とてもこんな場所で用意できるはずのないものだ。
 不審がってそれきり動こうとしないナダとは違い、ラウェルスはズカズカと部屋を横切って、真ん中の寝台に何の用心もなくドサっと座った。荷物を布団の上に放り出し、薄茶色のマントを外すと、悠々と足を組む。レルデインはレルディンで、やはり荷物を右端の寝台の上に置いてマントを外してから、バラ水の入った水盤で優雅に手をすすいでいた。
(この二人も信じられない……)
 ナダは呆れ顔で立ち尽くしていた。こんなに怪しげな申し出と状況なのに、どうしてそんなに余裕いっぱいの態度が取れるのだろう。この二人のことだ、何も感じていないはずはないのに。
(絶対に危ないのに……)
 だが、誰のために冒された危険だろう。自分の調べ物があるというレルディンはおいておくとしても、ラウェルスはナダのためにここにいるのだ。
「そんな顔、するな」
 ラウェルスが苦笑した。
「君のせいじゃない。君のことがなくても、俺は兄上に会う必要ができてしまった」
「でも……ランを殺そうとした人よ?」
「それでも、だ。兄上は本当に<紫光の宝珠>を手に入れたのか、そして、本当にその力でつまらないことをしようとしているのか、確かめないといけない」
「でも……でも……」
「心配性だな、ナダは。それとも、ひょっとして俺に惚れた?」
 ナダはかーっと赤くなった。
「そっ、そんなのじゃなくて! もう! 本気で心配してるのに、どうして茶化すの?」
 ラウェルスはクスクスと笑った。
「大丈夫。ここが亡者の王国と呼ばれていることも、あのプルミアという魔女が怪しいことも、全て心得ている。俺はきちんと考えて行動しているんだぞ?」
「……うん……」
「分かったら、レルディンを見習って手でもすすげ。女の子はな、いつでも綺麗でいることを第一に考えていればいいの」

 何にしても、ラウェルスには敵わないのだ。そして、今までずっと、そんなラウェルスを信じることだけがナダの心の支えだった。今もそうするしかない。
 溜息をつきつつ、ナダは言われたとおり、水盤のバラ水に両手を浸した。
 それから半刻ほど後、部屋の戸が叩かれ、ラウェルスはレルディンにナダのことを託すと、兄王子に会いに部屋を出て行った。
前ページへ  他の回を選ぶ  次ページへ