亡者の王国

1.

 昔アラウィサクには五つの王国があった。
 アディアーク、ウルバース、サグナーラ、ギルラン、そしてジラル。
 現存する四つの王国はラトカーティス神を守護神として崇拝する他に、それぞれ風、水、炎、地の精霊王を祀っている。しかし、ジラルは……ジラルだけは他の王国と異なった。
 ジラル……今は亡者の王国と呼ばれる、古の王国。そこで崇め奉られていたのは、魔王であるレナコルディだった。
 何故魔王を祀っていたのか、その本当の理由を知る者はいない。ある伝説では、ジラルの民は何らかの理由でこの世界に残った魔族の末裔であるという。だから魔王を崇めているのだと。また別の伝説では、ジラルの民は他の四王国の人々とは比べ物にならないほど、魔王を恐れているからだという。ジラルに魔界の門があるゆえに。
 いずれが真実にせよ、またはいずれもが真実ではないにせよ、ジラルに魔界の門があるというのは、本当のことだった。事実、今を遡ること一千年の時に、ジラルから魔物が溢れ出したのだ。
 魔王レナコルディが、このアラウィサクの世界の覇権をラトカーティス神から奪おうとして、反乱を起こしたのだった。世界は魔物たちに蹂躙され、それに抗しきれず、人間は滅亡へと追い込まれようとしていた。
 人々は守護神ラトカーティスに祈った。その必死の祈りに応え、ラトカーティス神は一人の人間を己が戦士として選んだ。それは当時のアディアーク王子、ラウェルスT世。王子は神から授けられた一振りの剣を手に、単身ジラルへと向かった。
 ジラルには、レナコルディを祀るための神殿があった。そこには黒巫女と呼ばれた娘がいて、魔界の門と一つの宝珠を守っていた。王子は娘を説得しようと試みたが、無駄だった。やむを得ず王子は黒巫女を倒し、彼女の手から落ちた宝珠にラトカーティス神から授けられた剣を突き立てた。
 宝珠は内部から目の眩むような白い閃光を迸らせ、神剣は吸い込まれるように宝珠の中に消えた。それにより剣はレナコルディの体を貫き、魔王を永遠に封印したのだった。
 しかし、そのときに生じた衝撃は凄まじく……。
 ジラルの国土は引き裂かれ、滅んでしまった……。


「でも……、それじゃ、ジラルの人たちが可哀相……」
 ラウェルスの話を聞き終わって、ナダがまず感じたことはそれだった。
 ジラルへと続く見捨てられた道。ラウェルスの目と同じ色の空の下、ナダたちは歩を進めていた。
「だってね、ジラルの人たちだってアラウィサクの人間なのよ? それなのに……いくら魔王を封じるためだからって、平気で滅ぼしてしまうなんて……。ラトカーティス様がホントにそんなことなさったの?」
 ナダがそう言うと、ラウェルスは肩を竦めた。
「仕方ないだろう。ジラルの民は魔王を崇めていたんだから。いくらラトカーティス様でも、そんな民まではお救いにならないさ」
「そうかもしれないけど……」
 ナダは納得がいかず、俯いて口ごもった。
「優しい人ですね、あなたは」
 レルディンが言った。
「初めてですよ。ジラルの民を憐れみ、ラトカーティス様のなさったことに疑問を抱いた人はね」
 その言葉には、妙に棘があった。ナダはしてはいけないことをしてしまって、それを責められているような気分になって、更に俯いてしまった。神の為し給うたことに疑問を……確かにそれは不遜なことかもしれない。
「ナダを苛めるな」
 ラウェルスが言った。
「ナダだって、そんなつもりで言ったわけじゃないんだ」
「別に苛めたつもりはありませんよ。ただ驚いただけなのです。そこまで心根の優しい人間が目の前にいることにね」
 その言葉も微笑みも妙に意味深に感じたのは、ナダの被害妄想だろうか?
 しかし、いずれにせよ、ナダはこの思考を中断せざるを得なくなった。
 登りつめた峠から、眼下の盆地に古代遺跡のようなものが広がっているのが見えた。今ナダたちが立っている場所のすぐ傍にも、崩れた石の門のようなものがある。
「これがジラル、か……」
 ラウェルスが呟いた。陽光が眩しいからなのか、それとも眼下の廃墟の寂寞とした様子のせいなのか、青い目が細められている。
「あれが魔王の神殿だと思いますよ」
 レルディンが繊細な指を廃墟の一画に向けた。
 点在する崩れた石組みの建物。そして折れてしまってる石柱の列の先、集落の中央には、やはり朽ちてはいるが、他よりもずっと大きく立派な建物がある。
「あそこに<紫光の宝珠>があるのかな?」
 ナダが誰にともなく、そう呟く。
 と、どこからか、聞き慣れない女性の声が答えた。
「そのとおり。ですが、今は我が君の手に」

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