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ジラルへ |
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6. その日の夕刻。ジャリ。 ナダは髪を切っていた。 今日見つけた道跡を辿って歩き、見晴らしのいい崖に出た。ここが今夜の夜営地に決められた。すっかり音沙汰がなくなったとはいえ一応追っ手のかかっている身であることを思えば、無用心な場所だったかもしれない。しかし、ここから眺める景色の良さが抜群で、ナダがそれを気に入った様子だったため、ラウェルスがここで夜営することに決めたのだ。それに、いくらセシオス王子が執念深かったとしても、さすがにジラルへまでは追わせはしないだろうと、少しは楽観していたせいもある。実際は、謎の魔女プルミアが、ジラルへ向かうラウェルスを追うようにセシオス王子をけしかけてはいたのだが。しかし、ラウェルスたちは、そんなこととは全く知らないのだ。 早めに足を止めたので、夕食が済んで近くにあった泉で水浴びを済ませた後でも、まだいくらか明るい。ナダは崖っぷちから少し離れた草地の上に腰を下ろし、さっきまではずっと幸せな気分で、山並みの向こうに沈み行く夕陽を見ていた。 陽が完全に姿を隠してから、髪を切り始めた。水浴びをして髪を洗ったとき、肩よりもだいぶ伸びていたことに気付き、旅を許してくれたときの、絶対に髪を伸ばすんじゃないよ、というヴォーヌの言い付けを思い出したのだ。 片手でまだ濡れている髪を一房ずつ掴み、そのすぐ上に短刀を当てる。ジャリッと鈍い音がして、手の中に残った髪の束を草の上にそっと置く。 「おや……? 髪を切っているのですか?」 背後で涼しげな声がした。ナダが振り向くと、夏の森色の目が僅かに丸くなってナダを見下ろしていた。 「うん。レルディンはもう水浴び済んだの?」 「いえ。今、ラウェルスが行っていますから」 答えながら、レルディンはナダの横に膝をついた。そして、僅かに苦笑する。 「短刀を貸してみなさい。わたしが切ってあげますよ」 「え……? い、いいよー。ちゃんと自分でできるから」 「何を言っているのです。そんなに雑に切って。ラウェルスに叱られますよ。女の子なのだからもっと綺麗に切れ、って、ね」 ナダはポカンとレルディンの美しい顔を見た。レルディンは彼にしては珍しく、ほんの僅かだが声をたてて笑った。ナダたちと旅をするようになってからここまで、何度も聞かされてきたのだ。ラウェルスのナダに対する「女の子なんだから……」という説教を。 レルディンは呆けているナダの手から短刀を取り上げると、背後に回ってナダの髪を一房手に取った。 「綺麗な亜麻色の巻き毛……勿体無いですね」 「でも、すっごく行儀が悪くって。短くしてないと手入れがタイヘンだから」 ナダは照れくさそうに笑った。そして、何となくレルディンの姿に目を止めてしまう。 人間離れした美しさ……とても男性とは思えない程。 (何か……立つ瀬ないな、あたし……女として……) 思わず溜息をついてしまった。 「どうしたのですか?」 静かに問うレルディン。涼しい声。草原を渡るそよ風のような。木漏れ日の差す湖の煌きのような……。 「うん……レルディン、すごくキレイだから。その長い銀の髪だって、こんなにキレイ。サラサラ揺れて……」 ナダは肩から滑り落ちたレルディンの髪に、そっと指を触れる。レルディンは照れたりはせずに、涼しげに微笑んだ。 「そう言われると嬉しいですね。この髪はとても大切にしているのです。知っていますか、ナダ? 髪には魔力が宿るのですよ」 そう言いながらレルディンはナダを向こうに向かせ、散髪を再開する。 「髪に……魔力……?」 「そうですよ」 「そっかー。じゃあ、髪が長かったら、あたしでも少しは魔法を使えるのかなぁ?」 「あるいは、ね」 答えて、レルディンは作業を続けた。暫くするとレルディンは短刀をナダに返し、代わりに銀の櫛を受け取ると、優雅な手つきで亜麻色の巻き毛を梳いた。 「ですが、魔法を使えるかどうかは、その人の生まれつきの素質ですから、髪が長いだけでは何とも言えませんね。さあ、できましたよ」 レルディンがナダに櫛を返すと、ナダは振り返って礼を言いながら苦笑した。 「だったら、やっぱりあたしにはムリね。お師匠様に素質ないって言われて、魔法教えてもらえなかったんだもん」 「そうなのですか?」 そう言って、レルディンはじっとナダを見た。初めて会ったときと同じ、何かを探るような鋭い目で。いや、あのときよりも更に厳しく……更に鋭く……。 ナダは身じろいだ。なぜか目を逸らせられない。呪縛のように……。 そのとき、軽い、草を踏む音が聞こえた。そして、声。 「戻ったぞ」 「ラン!」 ナダは、救われた、というように叫んだ。ラウェルスはナダの傍まで来ると、おかしそうに首を傾げた。 「何、大袈裟な声、出してるんだ」 「だって……」 ナダはどう言っていいものか分からず、言い淀む。すると、代わりにレルディンが涼しく微笑んで答えた。 「わたしが少々脅かせてしまったのです」 「知らないぞ、レルディン。ナダを怖がらせたら、どうなるか知ってるだろう? 何が飛んでくるか分かったものじゃないんだからな」 ラウェルスが一見大真面目そうにそう言う。ナダは膨れたが、レルディンまでがラウェルスに調子を合わせた。 「そうでしたね。いつぞやの死体のように、めった突きも遠慮したいですしね」 レルディンにまでそんなふうに言われてしまったナダは、さっきまでの怯えも、今の遊び半分の怒りも、すっかり抜き取られてしまった。 「では、私も水浴びをしてきますよ」 そう言ってレルディンは立ち去った。 ナダは茫然とその後姿を見送った。 |
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