ジラルへ

4.

 謁見の間の王座の前には、背が高くて体格のがっしりした黒ずくめの男が退屈そうに立っていた。男はサルファとナダたちが入ってくると、軽く一礼した。サルファは頷き、玉座に腰を下ろしてから、男に声をかけた。
「今日戻ったのか、ガイッシュ?」
「ああ、そうだよ、陛下」
 尊称で呼びはするものの、ガイッシュは王であるサルファに全く敬意を払っていないようだった。しかし、サルファの方でも別にそれを気にしてはいないらしい。
「ところで陛下、そこの人たちは?」
「ああ、こいつはアディアークの第二王子、俺の大悪友だ。あとの二人は、こいつの旅仲間。おまえに話があるんだそうだ。聞いてやれ」
「ほう」
 ガイッシュはしげしげと、興味深そうにナダたちを順に見た。その目が自分に留まったとき、ナダは思わず身を固くした。
 大柄で黒ずくめといういでたちに、左目を覆う黒い眼帯……幼い頃絵本で見た海賊の頭そのものだった。その絵本の海賊がとても恐ろしかったことは、今でもよく覚えている……。
 ガイッシュは、ラウェルスに向かって、もう一度軽く一礼した。
「初めまして、殿下。俺は武装船団の船長、ガイッシュ=マンドだ」
「ラウェルス=ラン=アディアークだ」
「で、殿下。話って?」
 意外に愛想良くて、ナダは驚いた。よくよく見ると、そんなに恐ろしげではない。多少荒々しい感じは否めないが、三十代半ばくらいの、結構整った顔立ちの男性だ。ナダが昔見た絵本の海賊は、、ヒゲ面でもっと粗野な感じだった。
 ラウェルスはガイッシュの傍まで歩み寄って言った。
「おまえの船を出してもらいたい」
「どこへ行きたいんだ?」
「ジラル」
「ジラル……?」
 ガイッシュは目を丸くした。
「ジラルって、あの御伽話のジラルか?」
「御伽話などではない」
 サルファが言った。
「民間ではそういうことになっているが、あれは本当にあったことだ。ジラルは<大山脈>の向こうに実在した……」
 ガイッシュは低く口笛を吹いた。
「マジかよ。で、殿下は俺にジラルまで連れて行け、って言うんだな?」
「いや、ジラルまでとは言わない。<大河>をおまえの船が遡れる所まで送ってくれればいい。他の船は全く運航していないし、していてもジラルへ近づくようなバカはいないだろう。頼めるのは、おまえしかいない」
「俺はバカってことかい、殿下?」
 ガイッシュは豪快に笑った。気分を害したようすは全くない。
「そのとおりだな、殿下。任せてくれ。俺は船の進める場所ならば、どこへでも行く。幸い<大河>は川幅が広い。俺の船は大きいが、それでもかなり上流まで行けるはずだ」
「そうか。で、いつ出発できる?」
「いつでも」
「なら、明日だ」
 ラウェルスのその返事を聞いて、ナダが諌めた。
「ラン、いくら何でも悪いわ。この人、今日帰って来たばっかりだって言ってたのに」
 しかし、ガイッシュはこう言った。
「構わんさ。俺たちは船の上のほうが落ち着くくらいだしな。それに、お嬢ちゃんみたいな可愛い子が乗るんなら、皆大喜びだろうよ。何せ、船ん中はむさ苦しい男ばかりだからな」
 するとラウェルスが、ムッと片手でナダを抱き寄せた。
「おい、ガイッシュ。ナダにちょっかい出したら、タダでは済まさないからな」
「何だ、殿下の女なのか。残念だな」
「えっ……え……?」
 ナダがうろたえた。
「仕方ないな。じゃあ、あっちのキレイな姐さんでも……」
 ナダとラウェルスは、その目線を追った。そこにいたのは……。
 二人はくすくすと笑った。
「残念だったな」
 ラウェルスが言った。
「レルディンは男だ」
「はぁ!?」
 ガイッシュは呆けた声をあげた。
「こんな美人が男……。だが、まあ、これなら男でもいいような気になるな」
 レルデインは冷たくガイッシュを睨んだ。
 サルファが咳払いした。
「ではガイッシュ、荷の報告はまた今度でいい。今日はもう戻って、明日の準備をするといい」
 ガイッシュは慌ててレルディンから目を逸らし、玉座のサルファに視線を戻した。
「分かったよ、陛下。じゃあ、荷は部下に運ばせる」
「ああ、頼む」
「それと」
 ガイッシュはラウェルスに目を向けた。
「船は明日の昼までに<大河>の桟橋に回しておこう」
「分かった。よろしくな」
 ラウェルスは右手を差し出した。ガイッシュはその手を握ると、軽く一礼して謁見の間を退出していった。
 それと殆ど入れ替わりに、別の人物が玉座の傍の扉から顔を覗かせた。
「お兄様。もうご用はお済みになりましたの?」
 それはサルファの妹姫だった。
「ルインか。ああ、済んだよ」
「でしたら」
 ルインは謁見の間に入ってきて、ラウェルスにお辞儀をした。
「ラウェルス様、ナダをお借りしていってもよろしいですか?」
「ああ、どうぞ、ルイン姫。よし、ナダ、行ってこい」
「うん」
 ナダとルインは手を取り合って、謁見の間から駆け出していった。
 それを見送ってから、ラウェルスは言った。
「すまんな、ルフィード。お陰で旅がはかどる」
「気にするな。それよりも、なぁ、ラン」
 サルファはニヤニヤと笑っている。
「何だよ?」
「おまえ、まだちゃんと、あの子を連れているじゃないか。ひょっとして、今度は本気か?」
「ルフィード……!」
 ラウェルスはひくひくと顔を引き攣らせた。
 レルディンが涼しく問う。
「そんなにひどかったのですか、アディアークの王子殿下は?」
「そりゃ、もう、ひどいなんてものじゃ……」
「ルフィードっ!」
 サルファは心底おかしそうに、声をたてて笑った。
 ラウェルスは肩を竦めて、ふうっと溜息をついた。
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