ジラルへ

3.

 ネイスに着き王城を訪問すると、サルファは馬たちを預かることを快く承知してくれた。
「……だが、いったいどこへ行くつもりなんだ、ラン?」
 サルファは応接間で、ナダの淹れた仏桑華のお茶を啜りながら尋ねた。
 お茶は本来城の召使が淹れるものだろうが、サグナーラ特産のこの美しい赤いお茶は、ナダのいちばんのお気に入りのお茶だ。そのため、ナダがどうしても淹れさせてほしいと頼んだのだった。そして勿論、ナダの淹れたお茶はサルファにも大好評だった。
「ラン、おまえ本当は何をやっているんだ? 去年祠へ行ったのも、ただの巡礼などではなかったんじゃないのか?」
 サルファの茶色の瞳が、じっと親友の青い瞳を見つめる。ラウェルスは何気ない様子でそれを受け、暫くは答えなかった。ナダとレルディンもラウェルスに注目している。いったい、どう答えるつもりなのだろうか。
 やがて、ラウェルスはあっさりと言った。
「ジラルへ行く」
「えっ……?」
「聞こえなかったのか? ジ・ラ・ル、だよ」
 サルファは目を丸くした。それから真剣に眉を顰めて、こう言った。
「ラン……、おまえ昔からヘンなヤツだと思っていたが……そこまでだったとはな……」
「おまえ程ではない」
「俺のどこがヘンなヤツなんだ?」
「自覚がないのは重症なんだぞ」
「なんだ。じゃあやっぱり、おまえの方がひどいんじゃないか」
 また始まってしまった。この二人は、会うと必ず一回はけなし合いをしないと気が済まないらしい。
 僅かに呆れたような顔をして、レルディンが口を挟んだ。
「話が脱線していますよ」
「ん……? ああ」
 ラウェルスは足を組み直した。サルファは頭に被った布から零れ落ちている黒い前髪をかき上げ、肩を竦めた。
「それはともかく、ラン、どういうつもりだ? ジラルに近寄るのは禁忌だろうが」
「おまえなら黙っていてくれるよな? 俺はおまえを信じているから……」
 ラウェルスの誠実そうな微笑みを見て、サルファは再び眉を顰めた。
「ラン……、おまえ、ひょっとして世界の異変を気にして……」
「そんな大層なものじゃない。ちょっとした個人的用事のついでに少し様子を見てみようと思っているだけだ。ルフィード、おまえは王なんだから、自分の国のころだけ考えていろ。<炎の祠>の方は、ちゃんと手を打ったのか?」
「ああ。適当な理由をつけて、今は閉鎖している」
「それならいいが」
 ラウェルスはニコリと笑った。
「まあ、そういうわけだ。明日にはまた出発するよ」
 サルファは、やれやれ、というように、軽く頭を振った。
 そのとき、扉を叩く音がした。
「入れ」
 サルファが命じると扉が開き、召使が一礼して伝えた。
「陛下、謁見の申し込みがございます」
「誰だ?」
「武装船団のガイッシュ殿です」
「ガイッシュか……。わかった、謁見の間に通しておけ。すぐに行く」
「はい、かしこまりました」
 召使は再び一礼して、立ち去った。
 ナダがラウェルスの腕を、ちょんちょんと突付いた。
「ねえ、ラン」
「ん?」
「武装船団って、前にここに来たときに行商人のお兄さんが話してたやつよね?」
「ああ、そうだろうな」
「ねえ、だったら頼めないかな? <大河>を船で遡るの。楽でいいと思うんだけど……」
 ラウェルスは目を丸くしてナダを見た。ナダは慌てて自信なげに俯き、髪をくるくると指に絡めた。
「ご、ごめんなさい……あたし、でしゃばる気じゃ……」
 ラウェルスはクスッと笑った。
「どうして謝るんだ? もっと自信を持て。いい考えなんだぞ、それ。やっぱり賢いよ、ナダは」
 そう言うと、立ち上がったサルファに声をかけた。
「ルフィード」
「ガイッシュと話したいのか。確かに武装船団の者たちは恐れ知らずの猛者揃いだが……。ジラルとなると、いくら何でも無理かもしれないぞ」
「それならそれでもいいさ」
「分かった。一緒に来い」
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