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1.
遥かな昔……。 アラウィサクの守護神ラトカーティスは地水炎風の精霊王を従えて大陸に生命を与え、生まれたものたち全てに光の祝福を与えた。 しかし、光ある所、必ず影がある。その影に生まれたものたちもいたのだ。魔物・魔族と呼ばれるそれらの闇の生き物たちは、魔王レナコルディに率いられて、ラトカーティス神へ反乱を起こした。 長い長い戦いの末、敗れたのは魔王の側だった。レナコルデイは魔物・魔族らとともにアラウィサクを追われ、次元を異にする世界に退いた。こうしてアラウィサクに平和が訪れた。人間がアラウィサクに現れたのは、それからのことだ。 それからの長い年月のうちに、人間はアラウィサクに五つの王国を作って栄えていた。 アディアーク ギルラン ウルバース サグナーラ そしてジラル……。 千年前の魔王戦争でジラルだけは滅んでしまったが、他の四王国は現在も共存共栄している。 その中でもアデイアークは最も力のある国である。国内に守護神ラトカーティスの神殿の総本山があること、そして千年前の魔王戦争の英雄が当時のアデイアーク王子であったこと、それゆえに。 炎の髪の王子、ラウェルス=ラン=アデイアーク。 彼は、そんなアディアーク王国の第二王子なのだった。
「ん……」 目が覚めて、ナダは寝台の中でグッと伸びをした。ぽかぽかと暖かな陽が顔に降り注いでいて、とても気持ちがいい。陽射しがこんなに暖かくなっているのなら、陽はもう随分と高くなっているのだろう。 (……って……) 「あっ、寝坊したっ!? お師匠様に叱られちゃう!」 急に目が冴えて、ナダは慌ててガバッと起き上がった。 が……。 「……?」 いきなり目に飛び込んできた顔に、ナダの頭は混乱した。炎のように真っ赤な髪、よく晴れた空のような青い瞳、とても端正な顔立ちの若者。その若者が、楽しそうな笑みでナダの顔を覗き込んでいた。 「お目覚めかな、お嬢さん?」 「……あ……王子……様?」 ナダはパチパチとまばたきをし、頭の中を整理しようとした。 (ああ……) 昨夜、この王子に師匠の塔から連れ出してもらったのだ。窓から飛び降りて、大きな黒い馬に乗せられて一晩中走り続けて……。 (あれ? それから、どうしたのかな? あたし、どうしてちゃんと寝台で寝てるの?) ナダはとても近くにあるラウェルスの顔をじっと見た。それだけで、ナダが何も言わないのにラウェルスは答えた。 「俺にしがみついていた力が少し緩んだな、と思って振り向いてみたら、君はすっかりお休みだったんでな。仕方ないから、君を前で抱いて馬を走らせた。ここはルシャナンの町だよ」 「寝てた!? 走ってる馬の上で!?」 あまり呑気だ……情けない……。 「疲れてたんだよ、緊張しすぎてね。本当、ぐっすりだったもんな。もう昼過ぎだぞ」 どおりで、こんなに陽光が暖かいわけだ。ナダは寝台から下りて、陽の射す窓から顔を出した。 「ああ……違う……」 ナダは感嘆の溜め息とともにそう言った。 いつも塔の窓から見る景色とは全然違った。沢山の建物が並び、眼下の通りには人が沢山歩いていて。塔からの眺めは森や川や草原だけで、それらはとても美しくて大好きだったが、ここの眺めにはナダの知らなかった世界がある。それが嬉しかった。 「ねえ、王子様」 「ん?」 「あたしとお師匠様、それに大神官様や王子様以外にも、本当に人がいるんですね。それも、こんなに沢山」 「当然だろ。おかしなこと言う子だな」 ラウェルスの呆れ声。ナダは向き直って、ぷっと膨れた。 「王子様にはお分かりにならないわ。ずっと塔の中しか知らずに生きてきたってこと」 「だが、それ以前はどうしてたんだ?」 「……分からない」 「え?」 「知らないんです。どうやら、ひどい記憶喪失らしくって」 「……!!」 ラウェルスは目を見開いた。ナダは続ける。 「お師匠様の話では、あたしは五歳ごろ、町が丸ごと一つ燃えた大火災の跡で、ただ一人生き残っていたのをお師匠様に拾われたんだそうです。だから、たぶん、その火事のショックで記憶を失くしたんだろうって……」 ラウェルスは思い切り同情的にナダを見た。だが、その一瞬後、いつもナダを見るときの、あの面白がるような笑みに変わった。ラウェルスはナダに歩み寄り、片手でクイっとナダの顎を持ち上げた。 「気に入った。君をさらってきて正解だったな」 ナダの顔を、目を細めてじっと見て。ナダの顔がみるみる真っ赤になっていく。 「こんなことくらいで恥ずかしがるし、考えてることが全部顔に出るし。本当、面白い子だよ」 クククっ、とラウェルスは声をたてて笑った。ナダはまだ赤面したまま、一歩下がって膨れっ面になる。 「王子様、ひどい……」 しかし、ラウェルスはナダの抗議など全く気にしていない。まだ笑っている。 「そんなに膨れるな。これでも褒めてるんだぞ」 「……そんなふうには見えません」 「見えなくてもそうなの。本当だぞ。信用しろ」 ラウェルスは、今度は誠実そうな優しい笑みに変える。 そんな顔をされたら、信じるしかなくなってしまう。何かうまく丸め込まれてしまったことを自覚しながらも、ナダは膨れっ面を引っ込めた。 「じゃあ、まずは昼食にして、その後、買い出しに行くぞ」 そう言って踵を返そうとしたラウェルスだったが、不意にその足を止めた。 「そうそう、その前に、その衣の裾、短くしておけ。魔術師ってのはかなり珍しい存在だからな、その格好じゃ目立ちすぎる。それとも新しい服を買ってやろうか?」 「いえ、ちゃんと裾上げします。この衣、気に入ってますから」
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