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4.
「あ……うん」 ナダは机の向こうの屍術士に目を向けた。屍術士は少々渋い表情になって、腕を組んだ。 「ふむ……お嬢さんの身元を調べるには、わしの許におる死体たちの中からお嬢さんの家族の死体を捜すしかないが……それには、お嬢さん自身に立ち会ってもらわんといかん」 「え……」 ナダの顔が引き攣った。 「あの……どうしても?」 「残念ながら、今のわしの技術では死体の記憶は甦らん。それどころか、あいつらは動けるようになっただけだ。わしの命令を聞き分けはするが、意思は全く欠如しておる」 「だが、大火災の話は聞けたんだろうが」 ラウェルスが反論すると、屍術士は肩を竦めた。 「死体というのはな、自分が死んだ状況は脳に焼き付いておるもんなんだ。わしはそれを聞き出したにすぎん」 ナダは俯いた。くるくると、自分の亜麻色の巻き毛を指に巻きつける。黒焦げ死体は、もう御免だった。ましてや、自分の家族のそんな姿は、見るに耐えないに違いない。 ――でも、あたしは……。 自分が何者なのか知りたい。そのために、自分の身どころかラウェルスやレルディンの身まで危険に晒して、精霊の水晶を集めて回ったのだ。 「わかりました……我慢してみます」 とてもそんな自信はなかったが、ナダは思い切って承知した。
屍術士は立ち上がってナダについて来るよう手で合図すると、部屋を出た。松明に照らされた廊下の、更に奥へと歩いていく。そして、突き当りの扉の前で足を止めた。 「ここは死体たちの寝室だ。今度は襲ったりせんから、これ以上わしの可愛い死体たちを壊さんでくれ」 そう言って、屍術士は重そうな扉の取っ手に手をかけた。ギィ……という耳障りな音をたてて、扉は奥へ開く。薄暗い地下室では、その音は妙に禍々しく響いた。骨ばった手で戸口の松明を一本抜き取ると、屍術士は部屋の何へと入っていった。 ナダはラウェルスとレルディンに挟まれる形で部屋の中へ入った。が、その瞬間、ギクリと凍りついた。 屍術士の手にある一本の松明の明かりしかない、暗い広間。その広い床には魔法陣のようなものがいくつも整然と描かれていて、その一つ一つの上全てに黒焦げた死体が横たえられていた。松明の光が届かない場所にもきっと、同じものがあるに違いない。 「なるほど。これじゃ町に死体が一つも転がっていないわけだ」 ラウェルスの僅かに嫌悪感のこもった声が、変に死体の広間に響く。その響きが広間の隅の闇に消えたとき、ナダが声も出せずに更に硬直した。 死体が魔法陣の上で次々と起き上がっているのだ。以前に死体に足首を掴まれた恐怖が後遺症になっていて、もう少しでナダはキレて暴れだすところだった。が、それを察したラウェルスが、慌ててナダを抱き寄せた。 死体の間を広間の隅々まで歩いた屍術士が灰色の衣の裾を緩やかにはためかせ、ナダたちのところへ戻ってきた。さっきまで冴えないくたびれたオジサンにしか見えなかった屍術士が、今は力ある魔術師に見える。これだけの数の死体を従えているその姿が、その状況があまりにおぞましいがゆえの畏怖の念を抱かせた。 「お嬢さん、わしと一緒にこちらへ来てもらおう。さあ、わしの手を取って」 灰色の死神のような屍術士が、骨ばった手をナダに差し出す。ナダは少し躊躇った後、ラウェルスから身を離して恐る恐る自分の手をそこに重ねた。屍術士はナダの手を引き、広間の中央の一つだけ死体が置かれていない魔法陣の中へ連れて行った。 「お嬢さん、悪いが少し血をくれんかね? ほんの一滴でいい」 「え……」 おろおろと戸惑いながらも、ナダは血を提供する方法を考えた。どうしようが、全く痛みのない方法というものはなさそうだ。体のどこかを傷つけるしかない。 渋々ながらナダは短刀の一本を腰から抜き取った。ほんの僅かでも、故意に我が身を傷つけるのは怖いし、かなりの勇気が要る。ナダは一つ深呼吸をすると、短刀の切っ先を左手の人差し指の腹に押し当てた。 「痛……」 ナダは僅かに顔をしかめた。短刀をのけると、ほっそりとした指先に紅玉のように美しい赤い雫が光っていた。 「これでいいですか?」 ナダは傷ついた指を差し上げた。屍術士は頷き、ナダの手首を握って魔法陣の中心に指先を触れさせた。輝く血の雫がナダの指先を離れて、石の床に小さな染みをつけた。 「この中にお嬢さんの家族の死体がおるなら、血の繋がりによって反応する死体があるはずだ。その死体から、わしが何とか名前だけでも聞き出してやろう。今のわしにできるのは、それが限界だ」
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