屍術

1.

 収穫祭が過ぎ、本格的な冬がやってきていた。
 一面の雪野原が、陽光を受けて眩しく輝いている。
 主街道沿いの街に駐屯している街道警備兵たちの努力により、主街道は除雪されていて、そのお陰でこんな季節でも一応旅ができる。
 大地の国ギルランの王都クラーマと水の国ウルバースの王都センヌとを結ぶ主街道も、きちんと除雪されていて、ナダたちはその街道を西へ――センヌへ向けて旅していた。
 大地の祠の警戒については、レイカー王にきちんと話ておいた。王は普段は少々頼りなく見えるが、いざとなれば王の務めを立派に果たせる人物だ。ラウェルスは、レイカー王が何とかうまく手を打つだろうと信じていた。
 冬は日が短く、北部地域のために相当の寒さなので、道はあまりはかどらなかった。本当なら雪が溶けて次の春が来るまで、クラーマに滞在するほうが賢かったのかもしれない。しかし、ラウェルスは少しでも早くナダの身元を調べさせてやりたかった。勿論、ナダもレルディンも、それに異論はなかった。
 しかし、この冬空の旅で、ナダは一つの悩み事ができた。
 旅そのものは、そんなに辛くなかった。どんなに厳しい寒さでも、それを世界のあるがままの姿として捉えるナダには、世界についての新しい発見でしかない。おまけに、雪野原はとても美しい。あまり雪が降らず、積もることなど年に片手でも余るくらいしかない――それも薄くて一日で溶けてしまうアディアークで育ったナダにとっては、驚きの光景だ。そこを歩くサリオスの漆黒の馬体は白い雪によく映えてキレイだし、テュイアの純白の馬体は雪そのもので形作られたようで、やはり美しい。ナダにとっては、何もかもが素敵だった。
 一日の旅を終え、その日の宿を取るために宿場町に入ると、いくつかの家の軒先には雪だるまが置いてあったりする。ナダは雪だるまを見るのも初めてで、ある町で子供たちが雪だるまを作っているのを初めて見たときなど、そこに駆けていって一緒に作らせてもらい、大喜びしていた。
 そして宿に入ると、パチパチと炎のはぜる暖炉の傍で、温かい牛乳のカップに口をつける。この瞬間の安堵感が、また、たまらなく幸せな気分にしてくれる。しかし、問題が起きるのも、このときだった。
 温かい葡萄酒のグラスを手にしたラウェルスが、ナダの顔を見て必ずおかしそうに笑うのだ。
「また鼻の頭が真っ赤だざ。まったく、ガキみたいだな」
 寒空の下を一日じゅう旅して宿に着く頃には、ナダの鼻は寒気のせいで真っ赤になってしまっているのだ。そんな自分の顔を鏡で見てみると、とてもみっともない。なのに、ラウェルスやレルディンは何ともなっていないのだ。体質によるのだろうとは思うが、これがナダの悩みの種だった。
 そんな旅を続け再びメリトの街の廃墟を目にしたのは、新年最初の閏日の五日間である<初空の月>を過ぎ、次の<雪の月>に入って八日後のことだった。


 こんなに美しい雪が積もっていれば、たとえ呪われ死に絶えた廃墟でも、少しはマシに見えるかもしれないと思っていた。しかし、そんなことは全くなかった。
 サリオスの漆黒の馬体は白い雪に美しく映えるが、街の残骸の黒は、美しい雪ゆえに無残さを一層引き立てられているだけだ。
 そして何よりも、この廃墟全体に満ちる死の静けさは、いかんともしがたい。他の場所なら大地の纏う美しい白銀の衣装となる雪が、ここでは喪の白装束にしか見えないのだ。
「この街の呪いは、相当の強さですね」
 レルディンが優雅にテュイアの背から降りながら、そう呟く。
「まったくだ」
 ラウェルスも自分の愛馬から降りる。
「あの屍術オヤジ、本当によくこんな場所で暮らせるよな」
「あたしも、そう思う。おまけに……ねぇ……黒焦げ死体……」
 ナダは元気なくそう言った。自分のことが分かるかもしれないという期待は、確かに大きい。しかし、この地下にいるはずの黒コゲの動く死体のことを思うと、ひどく気が重かった。
 ラウェルスがまだ馬上にいるナダを見上げて、からかうように笑った。
「そういえば、そんなのがいたっけな」
「笑い事じゃないんだからっ!」
「ああ、確かに笑い事じゃないな。もし黒コゲ死体が君を脅しでもして、それでまた君がキレたりしたら、こっちの身まで危ないんだからな」
「ラン……!」
 ナダはぷうっと膨れてラウェルスを睨み、腰の短刀に手を伸ばした。しかし、ラウェルスはすぐにその手を押さえ、グイっと引っ張った。
「わわっ!」
 鞍から落ちそうになって、ナダは慌てて手足をバタつかせた。ラウェルスはそんなナダを抱き取って、そっと雪の上に立たせたる。そして、ニコりと言った。
「だから、俺がちゃんと君を押さえておく。行くぞ」
 ラウェルスがナダの細い腰に手を回して歩き出したので、ナダはあっけにとられたまま足を動かした。
 レルディンが僅かに苦笑して、しかしすぐに神妙な表情になって、二人の後をついて歩いた。

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