大地の祠 〜夜空の洞窟〜

6.

「あの……」
「何じゃ?」
「その方法って、大地の精霊にも効くんですか?」
「精霊?」
 オニールは訝しげに訊き返す。
「なぜ精霊が、おまえを襲うのじゃ?」
 ナダは本当のことを話してもいいのかどうか迷って、ラウェルスを見た。ラウェルスが頷いたので、ナダは他の三つの祠でのことを話した。聞き終えたオニールは不安を覚えたような深刻な顔をして、黙り込んでいた。
 頭髪の蛇が一匹、顔の前に下りてきてヘニョヘニョと蠢く。それを細く長い指で払いのけると、オニールは気を取り直したように口を開いた。
「なるほど。しかし、大地の精霊の石化能力は、あの方法では防げぬぞ。我等のは邪視によるもので、言ってみれば光線のようなものだが、精霊の場合は魔法じゃ。結果は同じでも発動方法が違うのじゃ」
「じゃあ、どうすれば……」
「精霊の魔法を封じるのは至難の技。ゆえに、相手が魔法を使う前に、てっとり早く倒してしまうこと――先手必勝じゃ。現れた瞬間に、石化を解く薬でもぶっかけてやれ。すぐに弱るぞ」
「石化を解く薬……」
 ナダは俯いて、亜麻色の巻き毛を指に絡めた。薬はもうない。一回分しかないのに、ナダの我侭で使わせてもらったのだから。
 ナダの様子に気付いて、オニールは少女の顔を覗き込んだ。
「どうした?」
「はい……」
 ナダの考えていることは、すぐに顔に出る。それはラウェルスだけではなく、オニールにも読み取れたらしい。
「ああ、薬はもうないのじゃな? 希少な品じゃ、そうそう幾つも持っているはずがない。それを、私のために使わせてしもうた……すまぬ」
「そんなこと」
 ナダは首をぶんぶんと横に振る。オニールはフッと笑った。
「よかろう。ナダ、その手の容器を出せ」
 そう言うと、オニールは左手で頭髪の蛇を一匹掴み、右手の鋭い爪でその胴の中ほどからを切り取った。
「あっ」
 ナダはうろたえた。オニールの手の中で、細い蛇は切り口から血を流し、のたうっている。
 オニールは、その血をナダの持つ木の実の殻の小瓶に注いだ。やがてそれが小瓶の口から溢れ出すと、オニールは弱った蛇を投げ捨てた。
「そら、早う栓をせぬか」
「は、はいっ」
 ナダは慌てて栓をした。既に少し蛇の血に濡れていた手に新たに溢れた血が流れてきて、ナダは僅かに顔をしかめた。
 オニールは言った。
「<蛇の乙女>の頭髪の蛇の血には、石化を解く力がある。今度はそれを使うがよい。ただし、その力があるのは、採取されてから一日の間のみじゃ」
「あの……そのために蛇を……?」
 ナダは困惑してオニールの顔を見た。妖艶な白い顔に一筋、切り取られた蛇の残った胴からの血が流れている。しかし、オニールは微笑んだ。
「心配は要らぬ。おまえたちの髪と同様、蛇はまた再生するゆえな」
「そうなの………?」
 半信半疑のナダに、オニールは微笑んで頷いた。
「では、私は居住区に戻ろう。もう一度礼を言うぞ、ナダ。気をつけてな」
 そう言うと、オニールは踵を返して、星空のような空間の中を歩み去った。
「あの……ありがとう、オニール!」
 ナダは消えていく背中に声をかけ、オニールは一度だけ手を振って完全に見えなくなった。


 ナダたちは再び歩き出した。途中見つけた水溜りで、ナダは蛇の血で汚れた手を漱いだ。
「しかし<蛇の乙女>の頭髪の蛇の血に石化を解く力があるとは知らなかったな」
 そう言って、ラウェルスはナダから預かった血の入った小瓶を揺すった。手を洗い終えたナダが立ち上がって、手巾で拭いながら言う。
「オニールが石だったときも髪の蛇だけは生身で動いてたもんね」
「知っていれば、チャムたちにもらった薬を使わなくても、彼女を助けられたわけですね」
 レルディンはそう言ったが、ナダは反論した。
「そうかもしれないけど、勝手に切ったりできないわ。血が出るんだもん、痛いはずよ」
「まあ、そうでしょうね」
 レルディンは無表情にそう言った。

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