大地の祠 〜夜空の洞窟〜

5.

 「戻ったのね……?」
 ナダが嬉しそうにそう言うと、<蛇の乙女>は怪訝な顔つきになった。それから、何かを思い出そうとするかのように、眉間に皺を寄せる。
「ああ……そうじゃ。わたしは石になっておったのじゃな。すると、おまえがわたしを元に戻してくれたのか。礼を言う」
 微笑んだ青白い顔はひどく妖艶で、女のナダでもドキリとした。切れ長の目は琥珀色で、ナダは育ての親であり師匠でもあるヴォーヌを思い出した。ヴォーヌの目の色と同じなのだ。
 <蛇の乙女>に全く敵対心がなさそうなのを見て取ると、ラウェルスとレルディンの手は、剣の柄から離れた。
 ラウェルスが言った。
「<蛇の乙女>がどうして石化なんかされていた?」
 <蛇の乙女>は、まるで今初めてその存在に気付いたかのように、ラウェルスを見た。次いでレルデインにも気付いて目を向けたが、二人を見たことなど綺麗さっぱり忘れ果ててしまったかのように、再びナダに目を戻した。勿論、ラウェルスの質問にも答えない。代わりに、ナダに尋ねた。
「おまえは巡礼者か?」
「おい――」
 無視されたラウェルスは言いかけたが、<蛇の乙女>は、それにも気付かない様子でナダに向かって続ける。
「巡礼者じゃろうな。それ以外にここに用事のある人間はおらぬだろうからな。おるとすれば夜光石盗人だけだが、おまえが盗人であるはずがない」
 ナダは苦笑した。この<蛇の乙女>はナダ以外を完全に無視している。それならば、と思い、ナダが代わりにラウェルスの質問をしてみた。
「ねえ、あなた――ええっと……」
「オニールじゃ。おまえは?」
「ナダです。ナダ=ルーア。それでね、オニールさんはどうして石になっていたんですか?」
「ああ、そのことか……」
 <蛇の乙女>オニールは、また眉間に皺を寄せた。
「それが、よくわからぬのじや。十数年ほど前から、少しずつ何かかが変わってきているような気はしておった。それが最近では更にひどくなり、狂ってしまった者が現れたのじゃ……」
 狂った<蛇の乙女>たちは、仲間だろうが何だろうが目に付いたものは見境なく石化し、それを逃れようとした者たちも相手を石化した。彼女たちの居住区はたちまち大混乱に陥り、何が何だか分からないまま、互いが互いを石化していってしまった。
「わたしは、ここまで逃げてきたのじゃ。しかし、ふと油断した隙に邪視を受けてしもうた。あのときまでは、よもや自分が石になってしまうことがあろうとは思いもしなかったが……」
 オニールはナダには、いともあっさりと答えてくれたのだった。
「何だってナダには答えるんだ?」
 ラウェルスはぼやいた。これまでの二十年の人生の中で自分が無視されたことなど、王子たる身のゆえに当然ただの一度もなかったのだ。
 レルディンが言う。
「ナダは必死に彼女を助けようとしましたからね。あなたはいつでも彼女を斬れるようにしていましたし、わたしはそれに加えて彼女を助けようと言ったナダに反対しました」
「確かに、な。そういう心が通じているってことか」
 ラウェルスは肩を竦めて溜息をついた。
「だが、やっぱり少し腹が立つな」
「まあ、ここはナダに任せましょう」
 レルディンはそう言って、じっとナダの背を考え深げに見ていた。
 オニールがナダに問いかけている。
「おまえはもう、祭壇まで行ってきたのか?」
「いいえ、今からです」
「それはいけない。我等の殆どは居住区で石になってしまっただろうが、まだ狂った者がうろついてるやもしれぬ」
 オニールは、また眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「ナダ、おまえ、鏡を持っておるか?」
「鏡?」
 ナダは首をかしげた。
「持ってますよ」
「ならば、これ以降もし我等の仲間に会ったときには、すぐにそれを相手の目に向けるのじゃ。これは絶対に秘密なのだがな、我等の邪視は反射で跳ね返すことができる」
 ナダは目を丸くした。
「そうなんだぁ。分かりました。ありがとう」
 ナダは礼を言った。それから、ついでにもう一つ訊いておいたほうがいいことに思い当たった。
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