大地の祠 〜夜空の洞窟〜

3.

 洞窟の中は外よりは暖かかった。
 飛び石状になっている地面に架かる小さな木の橋を二つ渡ると、そこに灰色の大理石でできた両開きの大きな扉があった。
 外の光がかろうじてここまで届いていて、二枚の扉に浮き彫りにされたギルラン王家の紋章も見て取れた。大地の恵みを表す麦穂を編んだ飾り輪のようなものが、輝く金剛石を取り巻く、という意匠だ。
 ここでラウェルスは今までの祠と同じように、ナダに扉の封印を解く<鍵>を作動させる言葉を教えた。
「『大地は守護』だ」
 ナダは頷いて懐から<鍵>のカードを取り出すと、そこに描かれた記号を扉へ向けて、教わった言葉を繰り返した。
「大地は守護」
 カードの記号が発した黄色の光が投影され、二枚の扉に割り印のように刻まれた記号に重なる。そして、扉は重い音を洞窟じゅうに響かせながら、奥へと開いた。
 ラウェルスに続いて扉の向こうの階段を下りたナダは、目をまん丸にして立ち尽くした。
 そこは、勿論洞窟だった。だが……。
  岩壁一面が、細かな金粉を散らしたようになっている。更に壁や地面、天井の所々には、大小さまざまの仄かに薄黄色に光る石が埋まっていて、その光を受けて金粉が繊細に煌くのだ。
夜空に無数の星と、月までもがいくつも浮かんでいるようだ。なんという幻想的な空間だろう。ラウェルスの言ったとおりだった。祠の中は、入り口からはとても想像できないほどステキだ。ナダはすっかり感激してしまった。
 ラウェルスがしみじみと言う。
「ギルラン名物の夜月石が、こんなに無造作にたくさんあるとはな」
「夜月石っていうの、これ?」
 ナダが問うと、ラウェルスは、そのまんまの名前だがな、と苦笑した。
 夜月石は特別な石だ。水の祠には光る水があるし、風の祠には光る空気があるが、それは祠内に満ちている精霊力で光っているにすぎない。しかしこの夜月石は、祠の外でも光ることができる。今では大地の祠の中にしか存在せず、勿論採掘もご法度なのだが、昔、大地の祠の中以外のギルランのどこかで僅かに発見されたことがあり、今日、それが金剛石よりも遥かに高値で売られているのだ。
「今でも一攫千金を狙って夜月石を掘り当てようとしている奴がいる。だが、まだ誰一人として成功していないらしい」
 ラウェルスがそう話終えると、ナダはいちばん近くにある夜月石に、そっと手を触れた。
「ここからこっそり盗んじゃえそうなのにね」
「そんな罰当たりなことを……」
 レルディンが秀眉を顰めた。
「精霊王の祠で盗みを働くなど、もってのほかですよ」
「それにな」
 ラウェルスが続ける。
「この金の粉も含めて、盗めないような仕掛けがちゃんとある」
「仕掛け?」
「そう。ほら、この祠の住人の特殊能力」
 ナダは一瞬考えて、そしてすぐに理解した。
「じゃあ、その生き物は番人なのね。そして、泥棒を石にしてしまう」
「そういうことだ」
 ナダは慌てて、夜月石から手を離した。泥棒と間違われたくはない。
 ラウェルスはそれを見ておかしそうに笑うと、ナダを促して歩きだした。


 大地の祠はトンネルのような洞窟ではなく、広間を階段で繋いだようなものだった。所々壁がなく、その向こうは地面がない。断崖絶壁だ。果てしない闇が所々で光っているが、立ち入ることはできそうにない。恐らくそこが、この祠の生き物たちの居住区なのだろう。
 二つめの階段を下りてすぐの所で、前方に黒い人影が見えた。
 警戒しつつ近寄ってみると、それは人間の男性の姿の石像だった。しかし、その顔立ちは格好良いとは言い難く、ポーズも何かぎこちない。おまけに、手に鑿と鎚のようなものを握っている。とても芸術品とは思えない。
 そう、芸術品であるはずがない。ナダはなぜか声を潜めて言った。
「これ……泥棒……?」
「そのようだな」
 ラウェルスは半ば面白がっているような口調で答えた。
「まさか本当に見られるとは思わなかったが」
「この人、ずっとこのままなの?」
「当然です」
 レルディンが冷たく答えた。
「このような不遜な輩には相応の罰ですよ。生きることも死ぬこともできない。勿論、転生もできないのです」
「ふうん……」
 ナダは少し憐れに思った。もう充分に反省しているかもしれないし、とも思う。しかし、ナダにはどうしてやることもできない。それに結局は彼が悪いのだ。赦しの心は必要だと思うが、赦されなくても文句は言えない。
 とはいえ、やはりナダは複雑な気持ちだった。

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