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2.
ラウェルスは顔を上げ、レイカー王にナダとレルディンを紹介した。レイカー王は自らも二人に名乗ってそれぞれと握手を交わすと、こう言った。 「それにしても、王子が巡礼をなさっておいでとは、全く存知上げなかったな」 「忍びなものですから。実は父にも秘密なのです。話すと、仰々しい大行列を引き連れさせられてしまうので。ですが、わたしはのんびりと世界を見て回りたくて。ですから陛下にも、わたしがここに来たことは秘密にしておいて戴きたいのですが」 「だが、それではシクノス王はさぞ心配なさっていよう」 「アールス大神官がうまくやってくれているはずです」 レイカー王は笑った。その声に合わせて、丸く突き出た腹が揺れる。 「さようか。まあ、王族たるもの、世界を回ってその目でしっかりと見ておくのも悪くはあるまい。我が王子にも、そのうち旅をさせてみよう。あれはそなたよりも少し年上だが、姉姫の尻に敷かれて育ったからな。いまひとつ頼りない」 そう言うと、王はウルバースの女王アリシアやサグナーラ王のサルファたちと同じ手順で、祠の<鍵>を作ってくれた。 ラウェルスの身分ゆえに、ここまではどの国でも簡単だった。しかし、ここから先、実際に祠に入ってから精霊の水晶を手に入れるまでが、どこの国でもひどく厄介だった。今回も必ず、何かある。 ラウェルスを介して手渡された大地の祠の<鍵>を見つめ、ナダは少し顔を曇らせた。
翌朝は雨だった。 雨は昼前になっても止まず、弱まりもしない。絶対に日限があるというわけではないので、わざわざ雨の中を出発するのも気乗りがせず、その日は一日中宿屋で過ごした。 その更に翌朝は、すっきりとはしないが、とりあえず雨は上がっていた。ナダたちは大地の祠へ出発したが、昨日一日中降り続いた雨のせいで、舗装されていない都の道は少しぬかるんでいた。 大地の祠は王都クラーマの東方、徒歩数時間ほどの山の中腹にある。刈り取られた麦の株が残る広大な畑の間に真っ直ぐ伸びる道が、都の東門からその山の麓まで続いている。やはりぬかるんでいるその道を歩きながら、ナダはケープの前をかき合わせて言った。 「なんだか……急に寒くなっちゃったね。北の方だから、やっぱり寒くなるの早いのかな?」 「ええ、なんとなく雪まで降ってきそうな空気ですよ」 レルディンが答えて、灰色の空を見上げた。ラウェルスも空を見上げる。 「俺の国では、初雪は収穫祭の後だがな」 収穫祭は一年の収穫を祝い、それを捧げて世界の守護神ラトカーティスと四精霊王に一年の加護と恵みを感謝する行事で、これから迎える冬の日々を元気に過ごせるように祈る行事でもある。そのため、収穫祭というには少々遅い<枯野の月>三十日に行われるのだが、今はまだその月の半ばだ。確かにギルランでは、冬の訪れが早いらしかった。 目指す山は南北に続く山脈の一部で、奥には高く険しい山々が控えている。幸い大地の祠がある山はいちばん手前の山で、そんなに高くも険しくもない。ナダたちは麓まで辿り着くと小休止し、それから山腹に刻まれた参拝道を登っていった。 やがて道は深い崖に阻まれ、そこに立派な吊り橋が架かっていた。その向こうには針葉樹に囲まれた枯れて金色になった草地が広がり、更にその奥に巨大な屏風のように崖がそそり立っていた。そこにぽっかりと、黒い洞窟の入り口が見える。 ナダたちは針葉樹の林を見下ろす吊り橋を渡り、洞窟の入り口に立った。どこといって変わったところのない、ただの洞窟に見える。 「ここ……?」 ナダはなんとなく拍子抜けして、そう言った。 水の祠は信じられないほど美しい碧玉のような湖の中にあった。風の祠は驚嘆すべき天空の島。炎の祠は圧倒されるような威容の古代遺跡。なのにここは……大地の祠はあまりに平凡だ。 ナダのそんな気持ちを察して、ラウェルスが言った。 「確かに入り口はただの洞窟だが、扉の向こうはすごいらしいぞ」 「中でそれを楽しむ余裕があれば、ですけどね」 レルディンは静かにそう言うと、懐から鶏の卵くらいの大きさの木の実の殻でできた薬瓶を取り出した。栓を抜いて中身を確認し、再び栓をする。エトネーラの森で翅妖精たちにもらった、石化回復の魔法薬だ。 「本当に、ここがいちばん厄介だな」 ラウェルスがそう言うと、レルディンは「ええ」と頷いて、貴重な薬を再び懐にしまった。 「それでも行かなくてはならないのですからね。せいぜい気をつけましょう」 「ああ」 「うん」 そして、三人は暗い洞窟の中へ入っていった。
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