大地の祠 〜夜空の洞窟〜

1.

 アラウィサクの北西部を占めるギルラン王国は、大地の精霊王<大地の女王>エウケミュラを祀る大地の国である。エウケミュラの加護と恵みを最も多く享けるため、この国は夏が短くてもアラウィサク一の穀倉地帯で、王都クラーマの周囲にも、畑が延々と広がっている。
 小麦や大麦の刈り取りが終わり、畑には麦藁が積み上げられている。ふんわりと暖かく長閑な黄金色のそんな畑の間を、街道は通っている。王都へ運ぶ麦藁を、麦藁の山が歩いているとしか思えないほど高く積み上げた荷馬車とともに、ナダたちもその街道を通って、ギルランの王都クラーマに入った。
 市壁の門をくぐってサリオスの背から降りたナダは、なぜか妙な雰囲気がすると思った。何が妙なのだろう? ナダはキョロキョロと街を観察してみた。
 炎の国サグナーラのように、人々の服装や建物の形が独特だというわけではない。王都らしい立派な建物もあるし、活気もある……。
「分かった!」
 ナダは胸の前で、ぱちんと両手を打ち合わせた。
 ラウェルスが目を向ける。
「どうした?」
「この都、道が舗装されてないのね」
 そう、王都はどこでも、道が石畳で舗装されていた。砂漠の中にあるネイスですら、舗装されていた。しかし、このクラーマの通りは全て地道なのだ。
 それを聞いて、ラウェルスは説明した。
「この国は<大地の女王>をお祀りしているだろう? だから、<女王>に敬意を表して、大地を覆ったりはしないんだそうだ。ギルラン国内の村や町は、全て地道だよ」
「そうなんだ」
 ナダは納得して頷いた。
 都の南門から王城までを真っ直ぐに繋ぐ大通りの脇の小さな広場で、数人の子供たちが輪になって遊んでいる。ナダには、そういった経験が一度もない。ナダは5歳の頃にはもうヴォーヌの塔でヴォーヌと二人っきりで過ごしていたし、それ以前の記憶はないからだ。
 子供たちの楽しげな歌声が聞こえてくる。


  王様のおなかは ぷっくぷく
  王様のおなかは まーんまる
  王様とっても大食らい
  王様太っちょ大食らい


 ナダはクスっと笑った。
「あれ、ホントかなぁ?」
「会ってみれば分かるよ」
 ラウェルスもおかしそうに笑っていた。
 中央広場に近くなると、宿屋が軒を並べ始めた。ナダたちは広場に面した宿に部屋を取り、馬たちを厩舎に預けてから王城を目指した。


 城門の前で衛兵に巡礼の証のメダルを見せると、サグナーラ城のときと同じように、案内係りがナダたちを謁見の間へと連れて行ってくれた。部屋の前で扉を守る衛兵の一人が三人の武器を預かり、もう一人が扉を開けてくれると、いつものようにラウェルスを先頭にして玉座の前に進んでいった。
 玉座の前にある壇の手前まで進んだとき、玉座の上の人物はやはり驚きの声をあげた。
「なんと、そなたはアディアークのラウェルス王子ではないか」
「お久しぶりです、レイカー=エング=ギルラン王」
 ラウェルスは王子の笑みを浮かべると、壇の前で右手を胸に当てた礼の動作をした。そんな動作をしても、少しもラウェルスの方が下の立場にいるようには見えない。ラウェルスの立ち居振る舞いはいつも自信に満ちて堂々としているのだが、王子として振舞うときには、それが何倍にもなるのだ。
 ナダはラウェルスの兄王子を知らない。それでも、ラウェルスの父王がラウェルスを自分の跡継ぎにしたがっているしたがっている気持ちが分かるような気がした。王冠を被り玉座に座ったラウェルスに逆らえる者は、きっといない。ラウェルスは、ただそこにいるだけで、完璧な統率者たりえる。それほどの圧倒的な支配力と魅力を、この炎の髪の王子は生まれながらに持っているのだ。
 そう思って見ると、目の前の玉座の人物が急に色褪せて見えた。豪華な深緑色のビロードの衣を纏い、少々禿げあがった頭に金色の王冠を戴いてはいるものの、太った冴えない中年のオジサンにしか見えない。いや、王族らしい品格があるにはあるのだが、二重にたるんだ顎やふっくらしすぎの頬、たっぷりとした衣の上からでも分かる丸く突き出た腹部が、それを損なっている。
 ナダはふと、広場で子供たちが歌っていた歌を思い出し、笑い声を洩らしそうになった。まったく、そのとおりだ。しかし、あんなふうに楽しく歌われているのは、民に親しみを持たれている証拠だ。だから、彼もやはりいい王なのだろうと、ナダは思った。

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