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エトネーラの森 |
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5. チャノの家は、この巨木のいちばん上の枝に実っている実だった。実の中はやはり花の香りが満ちてとても可愛らしく、さっきの大嵐のような騒ぎで少々疲れてはいたものの、ナダは楽しそうに部屋の中を観察していた。壁には、さっき階段を上りつめたところの部屋にあったのと同じ、本物の花のランプがある。中央には丸太の小さな机があり、その周りには、やはり丸太の小さな椅子がある。椅子は翅妖精に合わせた大きさなので人間が座るには少し小さくて、ナダたちは色とりどりの花びらが敷き詰められた床に座っている。部屋の隅には大きな木の実の殻を半分に割ったものを植木鉢にして花が咲いていて、別の一方の隅には小さな寝台もあった。 チャノは何回かに分けて木の実や果物、蜂蜜、甘露などを運んできた。それらを全て机の上に所狭しと並べると、レルデインの向かいにある椅子に腰を下ろした。 「ありがとう、チャノ」 レルディンがそう言うと、チャノはニコニコと首を横に振った。 「んーん。でも、急にいらっしゃるんだもん、びっくりしちゃった」 「ええ。実は森の様子がおかしくなっていたので、心配になって来てみたのですよ。ですが、ここは無事なようで、ホッとしました」 「森が……?」 チャノは可愛らしく眉を顰めた。 「そうなの? じゃあ、この郷は次元が少し違うから助かってるのかな」 「そうでしょうね。エトネーラの森以外でも、アラウィサクはいたるところでおかしくなってきています」 チャノの表情は更に曇った。さっきまでキャピキャピと大騒ぎしていたのとは別人(妖精)のようだ。チャノは少し身を乗り出して訊いた。 「それでもやっぱり旅を続けてらっしゃるの?」 「ええ、大切なことですからね」 レルディンは一瞬深刻そうな表情を浮かべ、次に静かに微笑んでそう言った。 その表情を見て、ナダは改めて疑問に思った。レルディンの旅の目的は何なのだろう? 今は、ナダの住んでいたと思われるメリトの町が滅んだ大火災について屍術士に答えてもらうという共通の目的があるが、そもそも、レルディンはなぜそんな事を知りたいのだろう? チャノはその答えを知っているように見えるけれど……。 チャノは小さな指を小さな口に当てて俯いた。それからじっとひたむきにレルディンを見た。 「あたしたちにお手伝いできること、何かない?」 「そうですね……」 レルディンは二人の連れを見た。 「お二人とも、何かお要りようのものはありませんか?」 「あたしは……別に」 「ラウェルスは?」 「そうだな……石化攻撃に役立つものがあると助かるんだが」 ナダは首を傾げた。 「石化?」 「ああ」 ラウェルスはナダに説明してやった。 これから向かうギルラン王国は大地の国。王家は大地の精霊王<大地の女王>エウケミュラを祀る。つまり、ギルランの祠は<大地の祠>だということだ。 これまでに訪れた祠にそれぞれ特有の生物が棲んでいたように、当然<大地の祠>にもそういった生物が棲んでいる。その中に、ひどく厄介な能力を持つものがいるのだ。その能力は、石化……睨んだ者を石に変えてしまう能力なのだ。 「勿論、大地の精霊も同じような能力を持っている。<大地の祠>も狂っているとしたら、冗談じゃない事態になる確率が高い」 ラウェルスが話し終えると、チャノは大喜びで、ひょんと立ち上がった。 「分かったわ。石化を防ぐようなモノはムリだけど、石化を解くお薬なら、少しだけど作ってあげられる。明日の朝まで待ってて。あ、机の上の物、食べてね」 そう言うと、チャノは青い翅を羽ばたかせて、大急ぎで家から飛び出して行った。
ナダたちが地上へ戻ると、空き地でおとなしく待っていた馬たちが嬉しそうに巨木の根元まで駆けてきた。ナダたちは再び馬上の人となり、エトネーラの森の北の出口に向かって旅を再開した。 人馬族には、もう出会わなかった。おそらく彼らの居住区から離れたのだろう。一方<樹木の乙女>たちはたまに見かけたが、枝の手が届かないように細心の注意を払って進んだため、害は受けずに済んだ。 そして翅妖精の郷を発ってから二日後、ナダたちはようやくエトネーラの森の北に抜けることができたのだった。 「キレイ……」 ナダは思わず呟いた。 そこは金色の枯野だった。そして、燃える空。 「もう秋なのね。エトネーラの森は緑のままだったから、すっかり忘れてた」 「ああ」 ラウェルスは頷いた。 「ギルランは北の国だから、じきに冬になるだろう」 「季節の移り変わり……」 レルディンが金色の野原を見つめて呟く。 「人の世は、めまぐるしく変化しますね」 「うん。だけど、どんな姿だって、どれもそれぞれにステキ。ずっとそう思ってた。お師匠様の塔の窓から、自分には手の届かなかった世界を眺めながら……」 ナダは心底幸せそうに微笑んで、そう言った。 レルディンはその笑顔を考え深げに見て、再び金色の野に目を向けた。涼しい風が吹いて長い銀の髪が一筋、美しい顔にかかり、それをそっと払いのける。 「そうなのかも……しれませんね……」 誰にともなく、レルディンはそう呟いた。 「よし、ナダ、思い切り走ってやろう。しっかり掴まれよ」 言うなり、ラウェルスは全速力でサリオスを走らせた。ナダは危うく落馬しかけて、大慌てでラウェルスにしがみつかなければならなかった。 「ランのバカっ! 落ちるじゃない!」 ナダはラウェルスの背中に文句をぶつけたが、その顔はすぐに笑顔に変わった。こうして世界の中を駆けている感覚が大好きなのだ。ラウェルスはナダのそんな気持ちを知っていて走ってくれている。そして、ラウェルス自身も世界の中を思い切り駆けることを楽しんでいる。 金色の野を疾走するサリオスを見て、テュイアが主人を振り返った。わたしたちも行かないのか、とでも言いたげな様子だ。 「ええ、行きますよ。あなたも思い切り走りたいのでしょう? さあ、行きましょう」 そう言ってレルディンが軽く足で合図すると、テュイアも風のように金の野を駆けた。 しかし、銀の髪をなびかせる美しいレルディンの顔には複雑な表情が浮かび、決してナダやラウェルスのように楽しげではなかった。 |
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