エトネーラの森

4.

「翅妖精!?」
 ナダとラウェルスが同時に驚きの声を上げた。レルディンは頷き、続ける。
「わたしは、ひょんなことから彼等とは付き合いがあるのですが、エトネーラの森までが狂ってきていたので、心配になって来てみたのです」
 ナダの頭は少々混乱してしまった。<水の祠>で出会った人魚のティララもそうだが、翅妖精が絵本や物語の中だけの存在ではないことにも驚いた。しかし、それよりも、レルディンっていったい……。
「ねえ、どうしてレルディンは、こんな所に来られるの?」
「あなたたちも来ているでしょう?」
「それは、レルディンがあの階段を出してくれたから」
「あの階段は、ずっとあそこにあるんですよ。でも見つけられなければ上れません。見つけ方は、翅妖精たちがわたしを信用して教えてくれました」
 そう言うと、レルディンは部屋から外へ出る上り梯子に片手をかけた。そして、振り返る。
「わたしは、あなたたちを信用して一緒に連れて来ました。ですが、ここのことは誰にも話さないでください。いいですね?」
 ナダもラウェルスも、躊躇わずに頷いた。

 梯子を上って窓から外に出た瞬間、ナダは目をまん丸にして立ち尽くした。さすがのラウェルスも呆然として立ち尽くしている。
 ナダたちが今立っているのは下から見ていた以上に巨大な木の枝の上で、その枝や他の枝には、ところどころに人間が四人くらいは入れるほどに巨大な、橙色のカボチャのような形をした実がぶら下がっている。一つ一つに窓が付いているところを見ると、中は住居になっているのだろう。
 空の色は不思議な桃色で、そのあまりのおとぎ話の絵本そのままの可愛らしい景色の中に、人間の大人の腰までくらいの背丈の華奢な生き物がいた。姿は人間の子供そっくりだが、背に美しい蝶に似た翅を持っている。
 これが翅妖精だった。翅妖精たちは色とりどりの翅を羽ばたかせ、思い思いに巨木の周りを飛び交っていた。
 ここが、あの巨木の上であるはずがない。空も違うし、あんな巨木の上にあるのなら、森の外からでも見える。
 では、ここは一体どこなのだろう。そもそも、今自分たちの目の前に映っているものは現実なのだろうか。
「まあ、レルディン様!」
 翅妖精の一人が来客に気付き、ひらひらと飛んできた。それに他の翅妖精たちが気付き、喜びの声を上げながら次々とレルディンの周りに集まってきた。よく見ると集まってきたのは全て女性で、男性はその場で頭を下げている。
「ああ、ここは無事なのですね」
 レルディンはとても優しく微笑んで、ホッとしたようにそう言った。レルディンのそれほどの笑顔は、ナダもラウェルスも見たことがなかった。
 不意に、レルディンを囲む他の翅妖精の娘たちをかき分け、一人の翅妖精の娘が飛び出してきた。青を基調とした翅と、ふわふわした緑の髪を持っている。
「きゃあああっ♥ レルディン様ぁっ♥」
 娘は黄色い声をあげて、レルディンに飛びついた。
「ああ、チャノですか。相変わらず元気そうですね」
「うん!とっても!」
 本当に元気そうに、チャノは答えた。しかし、ふとナダとラウェルスを見つけると、急に大声で騒いだ。
「きゃあああああああっ! 人間っ! レルディン様、人間っ!」
 それを聞いて、他の翅妖精たちもようやくナダとラウェルスに気付いたらしい。瞬く間に大騒ぎとなった。
 ナダが呟く。
「今更そんなに騒ぐなんて……。あたしたち、ずっとここにいたのに……」
「レルディンしか眼中になかったようだな」
 ラウェルスはそう言って、肩を竦めた。
 レルディンが言った。
「大丈夫ですよ。この人たちは、わたしの友人ですから」
 レルディンの涼しげな声は、甲高い叫び声の嵐の中でも、よく通った。翅妖精たちはピタリと動きを止め、遠巻きに二人の見知らぬ人間を見つめた。
 それからニ呼吸ほどのち、今度は別の意味で騒ぎが起きた。
「きゃあっ、いらっしゃい!」
「ようこそっ!」
「ねえ、どこの人? どこの人?」
「名前は? 名前は?」
 翅妖精というものは、相当に単純なのか。それとも、この里におけるレルディンの信用度がそれほど高いのか。
 とにかく今度はナダとラウェルスが、翅妖精の娘たちに取り囲まれていた。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと!」
 チャノが輪の中から飛び出して、ナダとラウェルスの前に両手を広げて浮いた。仲間たちの方を向き、分別臭く言う。
「皆さんはお疲れよ。休ませてあげなくっちゃ」
「何よー、チャノだって一緒に騒いでたクセにー」
「そうよ、そうよー」
 他の娘たちの抗議の声。しかし、チャノは負けなかった。
「うるさいわねー。だったらレルディン様に聴いてみてよ」
 娘たちは一斉にレルディンの方を見た。レルディンは苦笑して答えた。
「そうですね、少し休みたいですね」
「ほらぁ」
 チャノは得意げに仲間を見回すと、ナダとラウェルスの方へ向き直った。
「あたしは、チャノ。レルディン様と一緒について来て」
 ナダとラウェルスはレルディンを見た。レルディンは頷いて、チャノに言った。
「では、チャノ、お願いしますよ」
「うん、あたしのお家、貸してあげるから」
 そう言うと、「ずる〜い」という他の娘たちの声を無視して、チャノは意気揚々と三人の客人を案内した。

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