炎の祠 〜熱砂の遺跡〜

10.

「遅いぞ!」
 ピラミッドの入り口へ続く短い階段の下で腕組みをして立ち、ラウェルスはイライラとその言葉を繰り返していた。いつも余裕たっぷりの態度を見せているラウェルスのこの様子に、階段の最下段に腰を下ろしているレルディンが、密かに苦笑を洩らした。
 そのとき、入り口の石の扉が、ゴゴゴと重い音をたてて開いた。
 ラウェルスが弾かれたように顔を上げた。
 扉の奥から、ナダが姿を現した。
「ラン!」
 ナダは成功の喜びに満面の笑みを浮かべて、階段を駆け下りた。ラウェルスが腕を伸ばして少女の腕を掴み、グイッと引っ張った。
「わっっっっ!」
 よろめいて階段から落ちそうになったナダだったが、そこをラウエルスが抱き止めて、ギュッと抱きしめた。
「ラ……ン……」
 ナダは真っ赤になって、少しもがいた。しかし、当然ながらびくともしない。
「遅いぞ、ナダ」
 ラウェルスは咎めるように言った。しかし、その顔はからかうように笑っているのを見て、レルディンはまた苦笑した。
「ごめんなさい」
 ナダは謝った。
「でも、あたし、無事だから」
「同然だ。そうでないと、君とは絶交だよ」
 そう言って、ラウェルスはやっとナダを離した。
 解放されたナダは、レルディンに細身の剣を返した。
「これ、ありがとう。体、もう大丈夫?」
「ええ、もう平気ですよ。あなたが無事で何よりです」
 レルディンは涼しげに微笑み、受け取った剣を腰の鞘に戻した。
「それから、ほら」
 ナダは腰の小袋から<炎精の水晶>を取り出し、嬉しそうに掲げて見せた。そして、祭壇の間での出来事を、ラウェルスたちに話した。
 聞き終えたラウェルスは、ムッとして言った。
「何てことするんだ。無茶はするなと言っただろうが。もし王たちの霊が出てくるなんて奇跡的なことが起こらなかったら、どうなっていたと思うんだ?」
「でも、腕輪があるから、死にはしなかったと思う。火傷くらいで済んだはずよ」
「あのなぁ。何度も言うようだが、君は女の子だろう? 火傷なんかして、痕でも残ったらどうするんだ!?」 
 ナダは上目遣いにラウェルスを見た。よく晴れた空の色の双眸が、容赦なく見下ろしている。
「……ごめんなさい」
 ナダは、また謝った。
 レルディンが、マントのフードを脱いだ。もう夕方で、陽射しが緩んでいる。
「さて、あとは<大地の祠>だけですね」
 レルディンがそう言うと、ラウェルスはナダの亜麻色の巻き毛をクシャクシャッと掻き回して頷いた。
「だが……またアディアークを通ることになるな……。武装船団は今朝出航してしまったし」
 ラウェルスは、ひどく憂鬱そうだった。また兄王子からの刺客に襲われるだろうし、神経質に身を隠さなければならない。できることなら、王位継承の件が片付くまでは、二度と故郷に戻りたくなかった。
 レルディンは暫く何かを考えているようだったが、やがて思い切ったように言った。
「では、エトネーラの森を北上しましょう」
「エトネーラ、だって!?」
 ラウェルスは、信じられない、という顔をした。
 エトネーラの森は、サグナーラ王国とギルラン王国の間にある、広大な深い森だ。<大地の祠>はギルランにあり、ここからなら、当然この森を北上するのがいちばんの近道だった。
 しかし、この方法にはとても大きな問題がある。だからこそ、またアディアークに戻るしかないと思ったのだ。
「あの森はロクな噂を聞かないぞ。神隠しに遭うだの、気がふれるだの、ってな」
「それは、あまり森の奥まで入らなければ大丈夫です。森の端のほうを通り抜けるだけなら。わたしは、安全な道を知っていますよ」
 レルディンはそう請け合った。
 ラウェルスは、また砂長虫のいる砂漠を歩きアデイアークに戻る危険性と、エトネーラの森を通る危険性を秤にかけてみた。似たようなものかもしれない。いや、レルディンの案内が確かなら、エトネーラの森のほうが安全だろう。それに、ラウェルスの故郷へ戻るという精神的な苦痛もなくなる。
「分かった。エトネーラの森を北上する。頼むぞ、レルディン」
「ええ、お任せください」
「よし。じゃあ、王都に戻ったら、ルフィードに祠のことを話す。エトネーラへの出発は、それからだ」
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