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8.
入り口を塞ぐ赤っぽい石の両開きの扉には、前の二つの祠と同じように、一枚一枚に王家の紋章が浮き彫りにされていた。<炎の王>メライザを祀るサグナーラ王家の紋章は、一対の炎の翼を持つ日輪、という意匠だ。そして、二枚の扉の合わせ目には、やはり<鍵>のカードと同じ記号が刻まれていた。 ナダはカードを懐から取り出し、開錠の言葉をラウェルスに尋ねた。 「今度は何?」 「『炎は力』だ」 ナダは頷くと、カードの赤い記号を扉に向けて唱えた。 「炎は力」 すると、今までと同じように<鍵>の記号が扉の記号に投影され、扉は重そうに奥へと開いた。 その瞬間、ひどい熱気が襲ってきた。 「なーに、ここ。すごい暑さ……」 ナダは思わず、一歩下がった。代わってラウェルスが一歩扉の中へ入り、顔をしかめた。 「本当だな。まあ、<炎の祠>なんだから、暑いのは当たり前なんだが……。とりあえず降りてみよう」 ラウェルスに続いて、ナダたちは壁に取り付けられた火皿の炎に照らされた長い階段を下った。背後上方で、扉の閉まる重い音がした。 下り着いた場所は、とてもピラミッドの中とは思えない地底湖洞窟だった。ただし、驚くべきことに、その湖は水ではなく炎そのもので、文字通りの炎の海だった。その中に小島が点在し、それぞれが石橋で繋がれている。炎の照り返しのために、空間全体が夕焼けの時刻のように赤っぽい。 「すごい……。これじゃ、暑いはずだよ……!」 ナダが驚きに目を丸くすると、ラウェルスは頷いた。 「急いだほうがいいな。ぐすぐずしてたら、熱気で干からびそうだ」 そのとおりだ。三人は急いで奥へと歩きだした。
竈の中かと思うような暑さだった。 炎そのものからの照り付けと熱気で、二重の責め苦だ。石の橋を渡るときは、時々炎の舌が足を舐めそうなほど伸びてくることもあり、気が抜けない。 襲ってくる祠の生き物が現れないことだけが救いだった。特に、この祠の生物は火蜥蜴という炎を吐く生き物で、この暑さのなかで戦うとなると厄介だった。ラウェルスたちの体力を奪うこの暑さが、火蜥蜴には活力になるのだ。 石橋をいくつか渡ると、新たな下り階段に辿り着いた。 ナダは首をかしげた。「また、下り? あたし、どんどん上っていくんだと思ってたのに」 「祭壇の間は地下にあるはずだからな」 ラウェルスがそう答えながら、階段を下る。 「そうなの? ピラミッド、あんなに高いのに」 「ああ。ピラミッド自体の中は、サグナーラ王家の墓所なんだそうだ」 「墓所……」 ということは、ナダたちの頭上には多くの死体が眠っているということになる。ナダは思わずそれを想像して、慌ててその映像を頭から追い払った。メリトの街の廃墟で出会った動く死体たちは、ナダにかなりの精神的後遺症を残していた。 階下も同じように炎の海の洞窟だった。気温が更に高くなった。 おまけに、それでも全く汗が流れないほどの乾燥だ。これなら、真夏の真昼の砂漠の方が、まだマシだろうと思える。 ナダたちは、水筒の水を数分にほんの一口ずつ飲みながら、進んだ。その水も、ほんのりと温かくなってしまっている。 やがて、レルディンが遅れがちになっているのに気づき、ナダが足を止めて振り返った。 「大丈夫、レルディン?」 ナダはレルディンに歩み寄って、その顔を覗き込んだ。いつもはとても涼しげな美しい顔がかなり憔悴して見え、ナダはひどく心配になった。 「すみません。わたしは炎の力には弱いものですから……」 そう言って、レルディンは顔にかかった銀の髪を払いのけた。 「大丈夫か?」 先頭を歩いていたラウェルスも戻ってきて、声をかけた。ナダはラウェルスに目を移し、そして眉を顰めた。レルディンほどではないが、ラウェルスの表情も相当つらそうだったのだ。 ナダは疑問に思った。 いかにも繊細な外見のレルディンはおいておくとしても、ラウェルスはどう考えてもナダよりずっと体力があるはずなのだ。そのラウェルスがこんなにつらそうなのに、ナダはそれほどではなかった。確かに途方もなく暑いとは感じている。だが、あまり体力を奪われたりはしていない。 ラウェルスもナダを見て、それに気づいたらしい。 「君はわりと元気そうだな」 」「うん、ヘンね……」 すると、レルディンが言った。 「その腕輪ですよ、たぶん」 「え? これ?」 ナダは右手首にはまっている、ルインの黒髪の腕輪を見た。 「ええ。ルイン姫はそれを編むときに、当然あなたの無事を願ったでしょう。そして彼女は、<炎の王>メライザ様の御加護を得られます」 「だが、俺たちは自分自身にしか加護の力は使えない」 ラウェルスがそう言うと、ナダはハッと気づいた。 「ルインの髪はルインの一部だから?」 「そうか、そういう方法があったか。機転が利くな、あの姫は」 「偶然だったのだと思いますけどね」 レルディンは言った。 「それに、恐らく完全な加護の力もないでしょう。呪文を唱えたわけではないでしょうし、本人とは切り離されてしまったものですから」 ナダはルインの髪の腕輪をじっと見つめた。これには多少なりとも炎から身を守る力がある。それなら……。 「ラン、あたし一人で行ってくる」 「ダメだ」 ラウェルスは驚いて、即却下した。 「この暑さ自体がおかしいんだ。いくら<炎の祠>だからといっても、こんなに暑いはずはないだろう。これが本来の暑さなら、普通の巡礼者は途中でくたばってしまう」 確かにそうだ。戦士として鍛えられているラウェルスでさえこんなにつらいのだ。 「じゃあ、ここもやっぱり狂ってるのね」 「そうだ。だから祭壇の間は危険だ」 「でも、あたしにはこの腕輪があるよ」 ナダは腕輪を着けている右手を差し上げた。しかし、ラウェルスはやはり首を横に振る。 「さっきレルディンが言っただろう? それの加護の力は完全じゃない。俺が風の精霊と戦うようにはいかない」 「だけど……他に方法がないもん」 「だったら、一度三人で外へ出て、それから俺がその腕輪を借りて一人で行く」 「ラン……」 ナダはラウェルスをじっと見つめた。その黄昏空の色の目が、よく晴れた空の色の目をしっかりと捉えた。 「あたし、何もできないけど、たまにはちゃんと役に立ちたいの。お願い。本当に自分の手に負えないと思ったら、必ず戻るから」 「ナダ……」 ラウェルスはナダの目を見つめ返した。 本当はまだ行かせたくない。だが、行かせてやらないと、ナダの心が傷つくのが分かった。きっと一生、自分は役立たずだと思って過ごすに違いない。<水の祠>の祭壇では、あんなに勇敢に水の精霊に立ち向かったことも忘れて。 ラウェルスは溜息をついて、苦笑した。 「分かったよ。行ってこい。俺はレルディンを連れて、外で待っている。ただし、絶対に無理はするな」 「うん、ありがとう」 ナダはにっこりと頷いた。 レルディンが自分の細身の剣をナダに差し出した。精霊と戦うには、この魔法がかかった剣が必要だ。 「すみません、ナダ」 「ううん」 ナダは剣を受け取った。ナダの短刀よりずっと大きいのに、魔法がかかっているせいか、思ったよりずっと軽かった。 「それから、これが水晶をもらうための言葉だ」 ラウェルスはナダにその言葉を言って聞かせた。ナダは一度それを復唱して、頷いた。記憶力には自信があった。
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