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7.
「最近、街の外は物騒だからな。気をつけて行けよ」 翌朝早くサルファにそう言って見送られ、ナダたちは<炎の祠>へ向かった。 こんなに早くから、中央広場の周りには水汲みの女たちが集まっている。しかし、昨日の行商人の青年はいない。予定どおり、武装船団の船に乗って行ったのだろう。 都の南門から砂漠へ出ると、そこから南に向かって真っ直ぐに石畳で舗装された街道が伸びていた。そしてその先に、三角形の建造物が霞んで見えた。 「あれが<炎の祠>?」 ナダは右手を水平に上げて、その建造物を指差した。その手首に、黒い細い輪が嵌まっていた。昨日まではなかったものだ。それに気づいて、ラウェルスが言った。 「そうだが……それ、何だ?」 すると、レルディンがしげしげと黒い輪を見た。 「これは……髪の毛ですか?」 「うん。お姫様にもらったの」 「ルイン姫?」 ラウェルスは目を丸くした。 ナダは昨夜のことを二人に話した。話していると、同じ年頃の同性の友達を初めて得たうれしさが甦ってきて、自然と顔が綻んだ。 「それでね、友情の印にって、それぞれの髪の毛を少し切って三つ編みの腕輪を作って交換しようって言われたの。これはルインの髪よ」 今、ルインの手首にもナダの髪の亜麻色の腕輪が嵌まっている。ルインはそれを見て、亜麻色の髪ってキレイ、と言ってくれた。 「ふうん、そんなことがあったんだ」 ラウェルスはルインの髪の腕輪をひょいとつまんだ。少し首を傾げて微笑み、ナダの顔を見る。 「よかったな」 「うん」 ナダは少し恥ずかしそうに笑った。
街道を進むにつれて、<炎の祠>である三角形の建造物の威容がはっきりとしてきた。それは実際は正四角錐で、ピラミッドという古い遺跡なのだと、ラウェルスは説明した。 都を出るときには少しだけ空に浮かんでいた雲が、いつの間にか完全に消えていた。完全な青空から射す陽が少しきつくなり、ラウェルスはナダの頭にケープのフードを被せた。 そして真昼までにはまだかなり間がある頃、ナダたちは<炎の祠>であるピラミッドの真下に立っていた。 「うわー、ホントにおっきい……」 ナダは巨大な四角錐を天辺まで見上げて圧倒されてしまった。 それは一つでも人間より大きな直方体の石材を積んで作られ、全体が階段状になっていた。頂点はきつい陽射しに霞むほど高く、底辺の長さもナダの足で何十歩分もある。サグナーラ城と同じように少し赤っぽいそのピラミッドは、よく晴れた青空に素晴らしく映えて美しかった。 だが……。 「ねえ、ラン」 ナダは、入り口に続く階段の一段目に片足をかけたラウェルスに声をかけた。 「ん?」 「また、ここもヘンになってる……よね?」 「恐らくな」 ナダは俯いた。今頃気づいたのだ。自分の身元を知るために、今までラウェルスやレルディンを危険なめに遭わせていたことに。 ナダは水と風の<精霊の水晶>に、それらを収めてある腰の皮の小袋の上から、そっと触れた。そして、顔を上げた。 ラウェルスと目が合った。ナダは口を開こうとしたが、ラウェルスに先を越されてしまった。 「身元、知りたいんだろう?」 勿論だ。ルインは揺るぎのない身元があっても、幸せではなかった。だが、記憶がないということは、やはりひどく心細い。こんなに広い世界で、こんなにたくさんの人が暮らしいてる中で、自分が誰なのかを知らないということが、どんなに寂しく心細いか。 「でも……」 ナダが言いかけると、今度はレルディンが、やんわりとそれを遮った。 「<精霊の水晶>を手に入れるのは、何もあなたのためだけではありませんよ。あの屍術士には、わたしの質問にも答えてもらわなくてはならないのですから」 「危険を冒すくらい大事なことなの?」 「ええ」 レルディンは静かに微笑んだ。 「あなたの望みも、そうでしょう?」 それは確かだ。だからといって、他人を巻き込むのは……。自分の目的があるレルディンはおいておくとしても、ラウェルスには本当に関係ない。 そう思って再びラウェルスを見ると、また先を越されてしまった。 「もし<精霊の水晶>を必要なのが俺とレルディンだけだったら、もしくは俺だけ、レルディンだけだったりしたら、君は手伝うのをやめようと思うか?」 「まさか!」 ナダは慌てて言った。 「だって……だって、ランもレルディンも……仲間だもん」 ラウェルスは、ニコリと笑った。 「だろう? 俺だって同じだ。それでもまだ気になるんなら、こう思え。世界が本当に狂ってきてるのなら、俺にはそれを確かめる義務がある、ってな」 「義務……?」 「そう。このアラウィサクの世界の最も責任のある王国アディアークの王子として、だ。だから、もう、つまらない遠慮はするな。いいな?」 後半のラウェルスの口調と目は、例の他人を従わせる力を持つ王子のものだった。とかく物事を遠慮して考えがちなナダをふっきらせるには、これがいちばん効果がある。 ナダの「でも……」という方向へ戻ろうとする思考は、ぴたりと止められた。 「……はい」 ナダがおとなしく頷くと、頭上の空の色そのままのラウェルスの目が、ひどく優しい笑みを浮かべた。思えば、これもいつものことだ。ラウェルスはナダの扱い方をよく心得ている。 ナダ自身でもそれは自覚していたが、決して不快な気持ちにはならなかった。
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