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炎の祠 〜熱砂の遺跡〜 |
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6. その夜、湯浴みが済むと、サルファは晩餐会を開いてくれた。といっても堅苦しく派手な宴などではなく、ナダたち三人とサルファの四人だけの打ち解けたものだった。サルファには四歳離れた妹姫がいて、母親とともに客人への挨拶に来た。真っ直ぐな黒髪に大きな茶色の瞳の、見るからに健康そうな少女だ。彼女はそのままここに同席したがったが、サルファと母親にたしなめられて、すぐに連れ帰られてしまった。 食後は客用寝室に案内された。三人はそれぞれ一つずつ部屋をあてがわれて、ナダは一人になった。 ナダはあてがわれた部屋の中に入り扉の内側に立ったまま、しげしげと部屋を見回した。どの調度品も艶々で、大きめの寝台の上の布団や枕はとても気持ち良さそうだ。こんなに柔らかそうな布団には、ナダは入ったことがなかった。 重そうなカーテンが両脇で留めてある窓を開けて、外を眺める。すうっと冷たい空気が流れ込んできて、少し震えた。昼間はあんなに暑い砂漠は、夜には急激に冷えるのだ。だが、ナダはそんな冷気も好きだと思った。世界のありのままの姿なら、きっと何だって好きになれる。 ナダは亜麻色の巻き毛を指に絡めたりほどいたりしながら、眼下に伸びるポプラの並木を眺め、体が冷えるのも忘れていた。 不意に扉が叩かれた。 「はい、どうぞ」 振り返ってそう答えると、そっと扉が開いた。 「ナダ……」 小声でそう言って扉の隙間から覗いた顔を見て、ナダは驚いて声をあげた。 「お、お姫様!?」 それは夕食の席に挨拶に顔を出した、サルファの妹姫だった。 「あん、ダメっ!」 姫は慌てて部屋に入り、キョロキョロと廊下を伺った。そして、ふうっと溜息をつくと、そーっと扉を閉めた。 「大きな声、出さないで。誰かに見つかると、面倒ですわ」 「あ……はい」 なぜ面倒なのかよく分からなかったが、ナダはとにかく頷いた。 サルファの妹姫は、もう寝間着だった。就寝の支度を済ませて部屋から召し使いが出て行った後に、こっそりと出てきたのだろう。だが、どうして……。 「あの、お姫様……」 ナダが戸惑って言いかけると、姫はそれを遮った。 「ルインですわ。ルイン=サグナーラ」 この姫、ルインはまだ十六歳なので、幼名のみだ。 ナダは言い直した。 「ルイン様」 「ルインでいいですわ」 「あ……じゃあ、ルイン」 「何ですの?」 ルインは小首を傾げてにっこり笑うと、寝台の傍へ行く。 「座ってもよろしいかしら?」 ナダが頷くと、ルインは上品にちょこんと寝台の端に腰を下ろした。 「ナダもあたくしの横に座って。あたくしがここに来たのは、あなたとお話しをしたかったからですの」 ナダの質問は完璧に読まれてしまっていた。いつものことだ。ラウェルスはいつも、ナダは何でもすぐに顔に出る、と言って笑うのだが、本当にそうらしい。 ナダはルインの言うとおり、彼女の横に腰を下ろした。すると、ルインは言った。 「お母様もお兄様も、ひどいと思いません? あたくし、あなたと、とーってもお話したかったのに、あたくしのこと追い払うんですもの。でも、お兄様はラウェルス様と飲み明かすんですのよ。ご自分だけ、ズルいですわ」 ルインは膨れっ面をした。言葉遣いや品のある顔立ちは確かに王女なのに、ナダと同じような表情をする。ナダは何となく親近感を覚えた。 ルインは笑顔に戻ってナダを見た。 「ねえ、ナダ。ラウェルス様をお兄様に取られちゃって、寂しいでしょ?」 「え……」 ナダは口ごもった。確かに、ヴォーヌの塔から連れ出してもらってからずっと、ラウェルスと一緒だった。宿で別の部屋になることもあるにはあったが、そんなときでも別々なのだと意識したことはなかった。しかし、今日のようにラウェルスが自分の入り込む余地のない相手と過ごしていると思うと……少々寂しい気がしないでもない。 ルインは続ける。 「ラウェルス様とお兄様って、ほんっとーに仲がよろしいんですのよ。同い年ということで、少年時代に勉強のため互いのお城に半年ずつ滞在したことがあったりして、そのときに育まれた男同士の友情ってモノらしいんですの。羨ましいですわ。あたくしには、友達と呼べる人はいませんもの」 ルインは少し寂しそうに笑って、膝を抱えた。ナダは頷いた。 「それ、分かります。今日のお二人を見て、あたしもちょっぴり羨ましかった。あたしも……友達なんていないから……」 ルインは片手を口に当てて、目を丸くした。 「まあ。ナダにはラウェルス様やレルディン殿といった旅のお仲間がいるではありませんか。それも、お二人とも、とてもステキな男性ですわ」 ナダは目をぱちくりとさせた。 「ステキな男性……それはそうだと思いますけど……」 ラウェルスもレルディンも、確かに恐ろしいほど人目を引く。街を歩けば、ほぼ必ず注目の的だ。ラウェルスは顔立ちの端正さに合わせて、独特の悠々とした『自信が服を着て歩いている』ような物腰のせいで。レルディンはそのずば抜けた美貌のせいで。 「でっしょー? あなたってホントに幸運ですわよ。あんなステキな男性を二人も連れて歩ける女の子なんて、そうそういるものじゃないんですから。あたくしの機嫌を取りにくる男たちなんて、皆あのお二人の魅力の半分以下ですわよ。ホントにもう、イヤになっちゃいますわ」 急にとても勢い込んで喋る皇女に、ナダは更に唖然とした。そんなナダの表情に気付いて、ルインはハッと赤くなった。 「ま、まあ、あたくしったら……はしたないですわね」 苦笑する。 「と、とにかく、素敵なお仲間がいて羨ましいって、それが言いたかったのですわ」 なんだかナダはおかしくなってきた。くすくすと笑い声をたててしまう。 ルインはうろたえる。 「いやですわ。そんなに笑わないで」 「ごめんなさい」 ナダはにっこりと謝った。そして、その笑みが一段静かになる。 「でも、ルイン様。ルイン様には、あんなに素敵なお母さんとお兄さんがいらっしゃるじゃないですか。あたしには……家族はいないんですよ」 「まあ……!」 ルインはクリクリとした茶色の大きな目を更に大きく見開いてナダを見た。 「では、おあいこですのね」 楽しそうに笑って、ルインはそう言った。 ナダは、にっこりと頷いた。 「そう、おあいこ、ですね」 「でしたら、こうしましょう」 ルインは両手を胸の前でパンと打ち合わせた。 「あたくしたち、今からお友達になるんですの」 「え……?」 ナダは驚きと当惑で言葉に詰まった。その様子を見て、ルインが心底寂しげな表情になる。 「あたくしのこと、お嫌い……?」 「そっ、そんなっ……!」 勿論、そんなことはない。話し始めてまたほんの何分かしか経っていないが、不思議ととても親近感を覚えている。ラウェルスへの好意ともレルディンへの好意とも少し違う、別の種類の好意。記憶喪失の自分を引き取って養ってくれた師匠のヴォーヌと、可愛がってくれた大神官アールス以外しか人を知らずに育ってきて、塔を出てからはラウェルスとレルディンしか親しい人のいないナダにとって、ルインは初めて話す同じ年頃の同性だ。それに、どこか感覚的なところで共鳴するものがある。 これが、友情というものなのだろうか……? でも……。 「ルイン様、あたしはただの孤児です。ルイン様、お姫様なのに……」 ナダは困ったようにそう言った。以前、<水の祠>への道の途中でラウェルスに言われた。王族の人間だからって何か違うか、と。ナダがそうだと答えると、それが人間の価値か、と重ねて問われた。そうは思わない。そう思うわけではない。それでも、やはりそういうことを無視しきれないのは、一般人の性のような気がする。 しかし、ルインはあっけらかんと言った。 「そんなの何か関係あります? あたくしは、ぜんぜん構いませんわ。それに、あたくしは、あたくしが王女だからというだけで付き合ってくれたりするような人たちには、うんざりしていますの。誰も、あたくしをただあたくしとして付き合ってはくれない……」 「ただの、自分……」 「あたくしがどこの誰なのか、なんて、関係ないんですもの。あたくしは、ただ、あたくしなんですのよ……」 ルインは寂しそうに俯いた。ナダも俯いた。そして、ゆっくりと首を横に振った。 「あたしは……自分が誰なのか知りたい……。それが分からないのは、とても心細いんです。だから、ランやルイン様みたいに、これ以上はないくらい身元が保証されてる人が羨ましいのに……」 確かすぎる身元ゆえに寂しい思いをしてきたルイン。全くの身元不明ゆえに悲しい思いをしてきたナダ。なんという皮肉だろう。ラトカーティス神は、案外意地悪なのかもしれない。 二人とも暫く無言で床を見つめていた。 やがてルインが顔を上げて言った。 「あたくしたち、二人合わせるとちょうどいいですわね」 ナダは顔を上げた。そこには、ルインの可愛らしい笑顔があった。 「ね、やっぱり、あたくしたち、お友達になりましょう。ね、お願いよ」 ルインの表情は、最後には必死の懇願になっていた。 ナダは胸に温かいものが広がるのを感じた。嬉しかった。すごく。 「あの……あたしの方こそ、お願いします」 ナダは恥ずかしげな笑みを浮かべて、そう答えた。 ルインはキャーっと喜びの声を上げて、ナダをギュッと抱きしめた。 「ありがとう、ナダ。あたくしたちも、お兄様とラウェルス様みたいな親友になりましょうねっ」 「はい、ルイン様」 「ルインでいいって言ったはずですわよ」 ナダは目を閉じた。そして、再び目を開けると微笑んだ。 「うん……ルイン」 |
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