炎の祠 〜熱砂の遺跡〜

4.

「何でも、先日、海に怪物が出たとかで……」
「怪物……?」
 アラウィサクは海に囲まれた大陸だが、僅かに漁船やサグナーラに行き来するための船が海岸からあまり遠くない近海を航行するだけだ。アラウィサクの人々にとって海の向こうには世界の果てがあるだけで、あまり沖まで行くと、そこに連れ去られて二度と戻れないと固く信じている。だから、海は元々未知の恐ろしい領域で、そこへ怪物が出るなどという話が出ると、当然誰も船を出したりするはずがない。ということは、もしナダたちがここへ来るのに海路を選んでいたとしても、結局は砂漠を行くことになっていたのだ。
 行商人の青年は話を続ける。
「でも、陸路も散々でしたよ。仕方なく僕は護衛を数人雇って砂漠を旅したのですが、途中で砂長虫に襲われましてね」
「砂長虫!」
 ナダは両手で口元を覆って叫んだ。あの悪夢が鮮明に蘇ったのだ。
「ええ。まさか街道に出てくるとは思いもしませんでしたよ。護衛は殆どそいつに食われてしまいましてね。かろうじて僕と一人の護衛だけが逃げおおせたんです。たぶん、先に食った三人だけで満腹になってくれたんでしょうね。でなければ、僕も今頃はあいつの胃袋の中で消化されてしまってますよ」
 そう言うと、行商人はぶるっと身震いした。
 ナダはそろっとラウェルスの顔を見た。ラウェルスは頷いた。
「だろうな。あの白骨、だ」
「しかし、随分強運ですね、あなたは」
 レルディンがそう言うと、行商人は肩を竦めた。
「本当に。まあ、商人というものは、元々強運な人間が多いんですけどね。でも、いつも運が味方してくれるわけではないでしょうし、今度は絶対に船にしますよ」
「だが、船は出ていないんだろう?」
 ラウェルスが言う。
「それがね、この都の近くに武装船団の本拠地があるんですよ。彼らだけは船を出してるんです。世界じゅうの海を巡ってるんでベルンでは会えなかったんでしょうけど、ちょうど今この国に戻ってきていて、明日出港するんでそうです。彼らなら、怪物も撃退できるでしょうね」
 そう言ってから、行商人はハッとして、照れ臭そうに笑って茶色の前髪をいじった。
「ああ、すいません。すっかり話込んでしまって。皆さんも気をつけて旅をなさってください」
「ああ、おまえもな」
 ラウェルスはにこりと笑い、サリオスを引いて歩きだした。レルディンが静かに会釈して、それに続く。
「お茶、ありがとう。お元気で」
 ナダはぺこりと頭を下げるとラウェルスに追いつき、一度振り向いて手を振った。行商人の青年は、にこにこと手を振り返してくれた。

 泉のあった広場からまっすぐ北に向かうと、赤っぽい石造りの立派な建物の門の前に辿り着いた。サグナーラ城だ。
 今回は城に入る方法に迷わずに済む。アデイィアーク城に忍び込んだときに、巡礼者の証のメダルをちゃんと取ってきてある。これさえあれば、すんなりと謁見の間に通してもらえるのだ。
 勿論、ウルバースのときのように身分を笠に着ることもでるが、ラウェルスとしては、あまりそういうのは好きではなかった。それに、実はラウェルスが王子だということも知らずにとる衛兵などの態度を観察するのは面白い。その人物の本性が分かろうってものだ。
 ラウェルスはメダルを手に、門の衛兵に歩み寄った。衛兵たちの格好は普通の街の男性とは少し違い、布を頭に巻き付けるのではなく、女性のように被っている。ただ、女性のものよりもずっと短く、被った布はその上から頭に環を嵌めて留めてある。
「何の用かね?」
 衛兵の一人が言った。ウルバース城の衛兵のように丁寧な物腰ではないが、別にひどく高飛車というわけでもない。ごく普通の業務的応対だ。
 ラウェルスは、こんなものだな、と思いながら答えた。
「<炎の祠>の<鍵>を戴きに来た」
「メダルはお持ちか?」
「ああ、ここに」
 ラウェルスはメダルを見せた。衛兵は頷いた。
「では、どうぞ。馬は入ってすぐ右手に繋ぎ場がある」
「分かった」
 頷くと、ラウェルスはナダとレルディンを連れて、衛兵が開けてくれた門を入っていった。

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