風の祠 〜天空の島〜

6.

 レルディンのあくまでも涼しい声。そのお陰と、今回は最初から覚悟していたお陰とで、ナダもあまり慌てずに済んだ。腰の短刀に両手を遣り、じっと空中の生物に目を据える。
 一見したところ、巨大な鷲に見えた。しかしよく見ると、獅子の後ろ足と尾が見える。体の大きさも獅子のものだった。その鷲獅子が三頭、空中をこちら目がけて飛んでくる。
 近づくと、その速度の凄さにナダはたじろいだ。
 ラウェルスが剣を抜いて、ナダを下がらせた。
「ムチャをするな、ナダ! 俺がやる」
 言いざま、突っ込んできた一頭を切り捨てる。鋭い悲鳴をあげ茶色の羽根を散らせながら、鷲獅子は草の中に突っ込んだ。
 残る二頭が襲ってくる。
 繰り出される恐るべき鉤爪をかわし、ラウェルスは再び剣を振るう。鷲獅子はふわりと上昇し、間一髪それをかわす。続けてもう一頭がラウェルスを襲い、体勢を立て直した先の鷲獅子は今度は後ろのナダを狙った。
 しかし、レルディンが軽やかに飛び出して、その鋭い嘴を制した。レルディンの細剣の先が翼を薙ぎ、鷲獅子が一瞬平衡を失ったその隙に、素早く繰り出された細剣がその胸を貫いた。
 ほぼ同時に、ラウェルスの剣が、残る一頭の首筋を薙ぎ払った。頚動脈を斬られ傷口から真っ赤な血を吹き出しながら、最後の一頭が墜落した。
 飛び散った茶色の羽根が、静かに舞い降りた。その最後の一枚が足元に落ちたのを見て、ラウェルスは吐き捨てるように言った。
「最悪だ。こいつらを殺す殺す羽目になるなんて……」
 鷲獅子は<水の祠>の人魚や半魚人のように、<風の祠>に棲む生き物だ。だから<風の祠>の管理者の一員であるラウェルスにとっては、親しい生き物なのだった。
「ラン……」
 ナダは心配そうに声をかけた。ラウェルスは振り向き、ナダと目が合うと、フッと微笑んだ。
「大丈夫だ。そんな顔、するな」
 そう言うと剣を収めた。
「急ぎましょう」
 レルディンが言った。
「上の方で、まだ何頭かわたしたちを見ていますよ」
 ナダは上空を見上げた。確かにかなり高い所を旋回している一団がいる。しかし今の戦いでラウェルスたちの実力を分かっているのだろう、襲ってくる様子はない。とはいえ、機を窺っているような感はある。
 ナダたちは上空を気にしつつ、廟へ急いだ。
 廟の大理石の両開きの扉には、<水の祠>と同じように浮き彫りがあった。一枚一枚にアディアーク王家の六翼に後光の紋章、そして扉の合わせ目に<鍵>のカードと同じ記号が刻まれている。
「よし、ナダ。今度は『風は叡智』だ」
 ラウェルスに言われて、ナダは<鍵>のカードを取り出した。前回と同じようにカードの記号を扉へ向け、教わった言葉を唱える。
「風は叡智」
 カードの記号が白く光る。そして、それがそのまま扉の合わせ目の記号に投射され、扉はゆっくりと奥へ開いた。
 天空にあるという地理条件のせいで、<風の祠>へは王家の者の同伴なしでは訪れることができない。お陰で他の祠ほどの厳重な措置は必要なく、中の造りは単純だった。扉を入ってすぐの広間に立ち並ぶ列柱の奥に上り階段があり、それがもう祭壇の間に繋がっているのだ。
 重い音をたてて扉が閉まると、何の照明もないのに廟内が仄かに明るくなった。<水の祠>では水が仄かに発光していたように、この<風の祠>では空気そのものが白く光っているらしい。そして、その空気がゆっくりと廟内を流動しているのが、肌で感じられた。
 つるつるに磨かれた白い大理石の列柱の間を進み、階段の上り口まで着くと、ラウェルスは足を止めて振り向いた。
「レルディン、お前の剣を貸せ」
「一人で行くのですか?」
 レルディンが静かにそう問うと、ラウェルスは頷いた。
「俺一人の方がやりやすい。祭壇の守護精霊が襲ってきても、俺なら平気だ」
「ほんっとーに大丈夫なの?」
 ナダが訊く。
「任せろ」
 ラウェルスはニコリと笑って、ナダの頬をぽんぽんと叩いた。
 レルディンは魔法のかかった自分の細身の剣をラウェルスに差し出した。この剣なら精霊でも斬れる。ラウェルスはそれを受け取ると、自分の普通の剣を外してレルディンに渡した。
「一応これを預けておく。ナダを頼むぞ」
 レルディンは自分の剣よりも随分と大振りの剣を手にし、苦笑した。
「わたしには少し重いようですが……まあ、少しの間なら何とかなるでしょう」
「ラン、気をつけてね」
「ああ」
 自信に満ちた笑みで頷くと、ラウェルスは一人、階段を上っていった。
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