風の祠 〜天空の島〜

5.

 大神殿へは朝方戻った。それから三人は昼頃まで休み、昼食後<風のほこら>へ出発することにした。
<風のほこら>にも何かが起こっているかもしれない。ナダはそれを理由に大神殿で待っているように言われるのではないかと内心ビクビクしていた。いざというときに自分が足手纏いになることは、充分に自覚していた。
 しかし、ラウェルスは何も言わなかった。レルディンが「ナダは待たせておいたほうがいいのではありませんか?」と言ったときも、こう答えただけだった。
「俺には、この子を守る自信がある」
 そして、言葉どおりに自信たっぷりに、実に魅力的な笑みを見せるのだ。
 ナダの、世界への憧れの強さを知ってるからなのだろうか。それとも、ただ単に呆れるほど自信過剰なだけなのか。
 いずれにせよナダは同道を許され、今<風の島>の真下に来ていた。この浮遊島そのものが<風の祠>なのだと、ラウェルスは言っていた。しかし、いったいどうすればあの天空の島に行けるのか、ナダにはまださっぱり想像もつかなかった。
「さて、行くか」
 そう言うと、ラウェルスはナダの手を取った。もう片手でレルディンの手も取る。そして上空に浮かぶ<風の島>を見上げると目を閉じ、祈りの詠唱をした。

  風の王フェンキベルよ
  我は御身に仕えるべき定めの血を持つ者
  我は<風の島>への導き手なり
  されば御身の御心によりて
  我にかりそめの翼を与え給え

 ラウェルスは目を開けた。白い光が王子を包み、一陣の風が羽衣のように三人の体に絡みついた。そして次の瞬間、三人の体はものすごい勢いで空を切って上昇していた。
 一瞬の出来事だった。
 激しい風圧に目をきつく閉じていたナダが、足元に地面を感じてそろっと目を開けてみると、そこは美しい草原だった。後ろを見ると崖で、下を覗いてみたナダはクラっとして、慌てて後じさった。高い。ヴォーヌの塔の最上階よりも高い。
 ナダは今度は四つん這いになって、下を覗いてみた。丘の上の大神殿と大きな街が見える。アディアークの王都ロスネスだ。こうして見ると、昨夜侵入した王城も人形の城のように小さい。
 そよ風がさわさわと吹いて、ナダの亜麻色の巻き毛をふわふわと躍らせる。レルディンの長い銀の髪はそよ風そのもののように宙を泳ぎ、ラウェルスの髪は揺らめく炎だ。風は何とも言えない澄んだ匂いがし、胸いっぱいに吸い込むと世界の息吹が感じられた。
「どうだ? 初めて空を飛んだ気分は」
 ラウェルスに声をかけられて、ナダは立ち上がった。
「びっくりしちゃって、ちょっと怖かった。あっという間だったけど。でも、すごいね、ラン。こんなこともできるんだもん。あたしをお師匠様の塔から連れ出してくれたとき、あんなに易々と飛び降りられたのも同然だわ」
 ラウェルスはニコリと笑った。
「アラウィサクの四王家の者は皆、それぞれの祀っている精霊王のご加護を得ている。つまり、俺は<風の王>フェンキベル様のお力をお借りできるんだよ。風の抵抗で落下の衝撃を殺いだりするのはお手のものだし、風に属するものからの害も受けないようにできる」
「あ、それって、前にお師匠様が言ってたよね? 雷からは身を守れるはずなのに、って」
「ああ、雷も風に属してるからな」
「ふーん……すごいね。空、飛んじゃったりもできるんだし」
「いや、それはここだけだ。これは、巡礼者を<風の祠>に連れてきてやるためだけのものだよ。よそでは使えない」
「そうなの? でも、それでもやっぱりすごいな……」
 ナダはしょんぼりと俯いた。ラウェルスは半分魔術師のようなものではないか。ナダはとてもとても魔術師になりたかったのに、なれなかった。ラウェルスはナダには欲しくても手に入らなかったものを、いくつも持っているのだ。
(いいなぁ……)
 顔を上げて、じっとラウェルスを見る。と、目が合ってしまった。ずっと見られていたようだ。
「行くぞ」
 ラウェルスは優しく笑って、踵を返す。
「うん」
 ナダは小走りでラウェルスに並び、レルディンが無言でその後に続いた。
<風の島>の面積は、小さな村程度しかない。草原の中、その中央に白い大理石の廟が立っているだけだ。三人はそこへ向かって歩いた。
 しかし、ほんの十歩ほど進んだとき、三人に影がかかった。三人の顔色が変わり、一斉に空を見上げた。
「やはり来ましたね」
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