風の祠 〜天空の島〜

4.

 そこから先は、何事もなく進んだ。道を間違えて行き止まりになることもなく、何かが襲ってくるというようなこともなかった。
 やがて垂直に切り立った高い段差に行き着き、そこに掛かる縄梯子を上った。その先の石の階段を上ると地下水道に出、最後の梯子を上るとそこは草叢だった。アディアーク城の裏庭の隅だ。即席の松明は、なんとかここまで保ってくれた。
 夜空には細い月が出ている。王宮の窓は、殆どが暗い。
「それで、どうやって王宮に入るのですか?」
 最後に穴から出たレルディンが、美しい銀の髪に絡み付いた蜘蛛の巣を取り除きながら訊いた。
「脱走経路がある」
「子供の頃に使っていた、ですか?」
「そういうこと。行くぞ」
 ラウェルスはニッと笑うと、低い植え込みを越えて、よく整えられた芝生と素晴らしい香りのする薔薇園を横切っていく。ナダたちも静かにその後に続いた。
 厨房用の勝手口に立っていた衛兵をラウェルスとレルディンの見事な連携で気絶させた。そこから王宮に入り込んでからは、どこをどう行ったのか、ナダにはさっぱり分からなかった。とにかく廊下が複雑で、ラウェルスはそこを更に複雑な経路で歩いていくのだ。巡回や見張りのいない場所を選んでいるのだろうが、よくこれで迷わないものだと、ナダは感心してしまった。
 地下への階段を下り、やがて一つの扉にたどり着いた。周りに他の扉はない。ここは完全に孤立している。
「ここに<風のほこら>の<鍵>がある」
 ラウェルスはそう言うと、扉に右手を当てた。そしてナダには分からない言葉で何かを呟くと、そっと扉を押した。扉は音もなく開いた。
 ナダは不思議に思った。
「鍵、掛かってないの?」
「掛かってるよ。鍵、というより、アディアーク王家の人間にしか解除できない封印だ。だから、ここには見張りもいらないというわけだ」
 そう答えると、ラウェルスはナダたちを手招きして部屋に入った。そして手探りで燭台を見つけると、腰の小袋の火口箱で火を起こし、蝋燭に火を点した。
 小さくて殺風景な部屋だった。室内にあるものといえば、今火を点した燭台が置かれた黄金の台、周囲の浮き彫り細工が派手な黒檀の書棚、それと揃いの戸棚。それだけだ。
「ああ、あったあった」
 戸棚を調べていたラウェルスがそう言って、一つの綺麗な小箱を取り出した。それを台の上に置いて蓋を開けると、中にはアリシア女王の持っていた小箱の中身と同じものが入っていた。水晶のペン先の羽根ペンと古代製法の紙のカードだ。ただ羽根ペンの羽根の色が青ではなく白で、カードに施された飾り枠の意匠も違う。
 ナダとレルディンがじっと見守る中、ラウェルスは羽根ペンと一枚のカードを取り出した。それからラウェルスが行った作業は、アリシア女王が<鍵>を作ってくれたときと同じだった。
 インクの付いていない羽根ペンで、見えない複雑な記号をカードに描く。そのカードを両手に捧げ持ち、何か呪文めいた言葉を呟く。するとカードが一瞬白い光を発した後、その表面にはラウェルスが今描いた記号が白い線で浮き上がっていた。記号は、アリシア女王のものとは違う意匠だった。
「これで良し。ほら、ナダ」
 ラウェルスはナダに<風のほこら>の<鍵>であるそのカードを渡した。ナダはカードを見つめ、それから黄昏空の色の目を真ん丸くして、炎の髪の王子を見た。
「すごい……ランにもできるのね、こんなこと……」
「これでも王子だからな。たとえ、自分の城なのにこそこそと戻らないといけなくても、だ。王家の人間として必要なことは、一通り叩き込まれている。明日はもっと驚くぞ」
 そう言って器用に片目をつむると、ラウェルスは小箱に蓋をして元の位置に戻した。そして今度は、その隣にある箱の蓋を開け、中から青銅のメダルを三枚取り出した。表面に四つの星が浮き彫りにされたそのメダルは、巡礼者の証だった。ラウェルスはそれを懐にしまうと手振りで二人を誘い、帰り道のために燭台を持って部屋を出た。
 扉はラウェルスによって再び封印を施された。
「よし、戻るぞ」
 そう言うとラウェルスは一旦蝋燭の火を吹き消した。そして、ナダたち三人は、来た道を戻っていったのだった。
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