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風の祠 〜天空の島〜 |
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3. アディアークの王都ロスネスと大神殿との間は、徒歩で半日ほどの距離だ。そのため、夜中に城に到着することを狙って、、出発は昼前にした。ナダたちはラウェルスの案内で、礼拝堂の祭壇の傍にある天女の像の前に来た。ラウェルスがその像の裏手に回り床石と床石の僅かな隙間に剣を差し入れ、梃子にして一枚の床石を持ち上げた。レルディンが手を掛けて完全にめくると、そこに地下へ向かう狭い階段が現れた。アールスに見送られてラウェルスがまずその階段を下り、ナダ、レルディンの順で後に続いた。 ラウェルスの先導で、ナダたちは暗く狭い地下道を進んだ。最初のうちは人工の通路で、床や壁は石を組んで作ってあった。 ラウェルスの持つ角燈が、ときどき蜘蛛の巣を照らし出す。三人の影が、変に揺れる。じんわりと冷たい空気。響く足音……。 (なんか……ヤな感じ……) ナダは唇をきゅっと引き結び、すぐ前を行くラウェルスの背中をじっと見つめた。すぐ後ろにはレルディンもいる。大丈夫……大丈夫だ。 突き当たりにあった階段を下ると、そこからは自然の洞窟だった。急な明かりに驚いた蝙蝠たちが、キーキーと派手な鳴き声をあげて一斉に飛び立つ。 ビクっとナダが立ち止まる。ぶつからないようにうまく足を止めたレルディンが、ナダの肩をそっと押してラウェルスに近づけると、ラウェルスは黙ってナダの手を取った。 そこからまた暫く歩いていくと、行き止まりになってしまった。しかし、角燈の光の中に大きな箱があった。重そうな鉄の枠が嵌まった木の箱は、ひどく古びている。 「ああ、懐かしいな」 ラウェルスが言った。ナダはじっと箱を見る。 「なーに、これ?」 「俺の宝箱だ。箱自体はここにあったものだが、この洞窟を自分の秘密基地にすると決めた後で、とっておきの宝物をここに隠したんだ。まあ、今となっては、少しもたいしたものじゃないんだがな」 「ふーん。ね、中、見てもいい?」 「ああ、いいよ」 そう言うと、ラウェルスは角燈を上げてしっかりと箱を照らしてくれた。ナダは箱に歩み寄り、そっと蓋に手を掛けた。が、重い。その様子を見て、レルディンが手を貸してくれた。 蝶番を軋ませながら、蓋が開く。そのとき……。 「きゃああああああっ!」 中から何かが飛び出してきて、ナダは洞窟じゅうに響くような悲鳴をあげて腰を抜かした。 その<何か>はナダの頬をベチャリとかすり、地面に落ちた。自分のすぐ傍に落ちたそれを見て、ナダは更に叫んだ。 「何、これ!? なに!? ペチャって! 今、顔にペチャって!!」 それはナダの体より少し小さめの、透明な緑色の物体だった。見た目にもプヨプヨしているのが分かり、角燈の明かりを受けて、ぬらぬらと気味悪く光っている。動き方もズズズっといやらしく、ナダの神経はゾワゾワっと逆撫でされた。 「ナダ、離れなさい」 そう言うなり、レルディンがラウェルスの手から角燈を奪って、その粘液生物に投げつけた。パッと炎が上がり、反応の遅れたナダをラウェルスが慌ててそこから引き離した。 「危ないだろうが、レルディン」 明るい橙色の炎の中で、緑色の不定形の体が苦しげにくねった。そして、やがてその動きも弱まり、縮んで消滅してしまった。油のこぼれた地面で、炎だけが勢いよく踊っている。 ナダは息を止めてしまっていたことに気付き、ようやくほっと息を吐き出した。そして、自分を支えてくれている王子に非難の目を向けた。 「なんか、インケン……」 「バカ言うな。俺はこんな仕掛け、してないぞ」 ラウェルスは当惑して眉根を寄せ、炎を見つめている。どうやら、その言葉は本当らしい。 「蓋の隙間から入ったのでしょう」 レルデインが言った。 「この生物は、襲い掛かった相手を消化してしまいます。おそらく、この洞窟で鼠を一匹も見かけなかったのは、この生物のせいでしょうね」 そういえば鼠がいなかった。蜘蛛や蝙蝠はいたのに。地面しか歩けない鼠たちは、この粘液生物に食われて全滅してしまったに違いない。ということは、自分も溶かされて食われてしまっていたかもしれないのだ。それを想像して、ナダの肌は粟立った。 「だが、昔はそんな危険な生物はいなかった。俺が子供の頃に遊んでたんだからな」 そう言いながら、ラウェルスは子供時代の宝箱に歩み寄って、中を覗く。そこには、昔、王城の武器庫から失敬してきた何の変哲もない剣が一振り入っていた。その頃のラウェルスには大きすぎて扱えなかった剣。それと、虹色の小さな硝子の玉も入っている。兄王子のセシオスと陣取りゲームをして勝ち取った駒だ。粘液生物は、餌にはならない非生物には興味がないのだろう。それらは昔のまま、損なわれることなく残っていた。 ラウェルスは虹色の硝子玉に目を落として、苦い表情を浮かべた。今は王位のために弟の命を狙う兄王子との、楽しかった子供時代を思い出していた。 それから小さく首を振ると剣を拾い、腰の小袋から布切れを取り出した。刃の先にその布を巻き付けると再び小袋を開けて油の入った小瓶を取り出し、中身をそこに染み込ませてからまだ残っている小さくなった炎の中に差し入れて火をつけた。壊れてしまった角燈の代わりだ。 「こんな即席松明じゃそんなに長くはもたないだろうが、持っていろ」 そう言うとラウェルスはナダに火の点った剣を渡し、また何か危険な生物が襲ってきたときのために自分の剣を抜いた。 炎の明かりを受ける刃を見て、ナダは不安な気持ちになった。センヌの魚、<水の祠>、そしてこの洞窟……。偶然だと思う気持ちと、どこかで何かが起きているのだという妙な確信が、緩やかに、しかし重く交じり合っている。<風の祠>にも何かが起きているのだろうか? いや、あれは天空の島にあるのだから無事に違いない……。 確信と気休めの期待の両方を抱いて、ナダは剣の柄をぎゅっと握り締めた。 |
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