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風の祠 〜天空の島〜 2. 急な王子の訪問に驚き慌てた門番の知らせで、ラウェルスとレルディンがそれぞれの愛馬を厩舎に連れて行っている間に、アールス大神官が玄関に姿を現した。「大神官様っ!」 玄関で待っていたナダが、嬉しさのあまり、いきなりアールス大神官に飛びついた。アールスは目を細めて抱き返し、言った。 「元気そうだな。ヴォーヌから話を聞いて、どうしておるかと心配しておったよ」 すると、別の声が割って入った。 「そんなに俺のことを信用してなかったんですか、アールス先生?」 「殿下」 大神官は、ゆっくりとナダから腕をほどいた。 「とんでもございません。殿下が女性の扱い方のお上手なかただということは、百も承知ですからな」 そう言ってにっこりと笑ってから、アールスは扉を広く開けた。 「とにかく中へ。まずは夕食にして、それからお話を伺いましょう」 「ああ」 ラウェルスは頷き、三人はアールスに案内されて大神殿の中へ入った。 レルディンがアールスに紹介され大食堂での夕食が済んだ後、ナダたちはアールスの私室へ通された。ナダはこの部屋の隅で、大張り切りでお茶淹れに勤しんでいた。 「ここには普通の紅茶しかないから、ナダは腕を揮えぬな」 アールスはそう言ったが、ナダは上機嫌だった。最後にお茶を淹れたのはラウェルスとアールスがヴォーヌの塔を訪れた日、もう二ヶ月以上も茶葉にも茶器にも触れていなかったのだ。だから、どこかにしまったのか忘れていた懐かしい玩具を見つけたような気分だった。 「でーきた」 ウキウキとそう言うと、ナダは湯気の立つカップを四つ盆に乗せ、小卓を囲むラウェルスたちのところへ運んだ。紅茶と蜂蜜の良い香りが、ふわりとラウェルスたちを包む。ナダがそれぞれの前にカップを並べると、アールスが目を細めて言った。 「わしの部屋で、おまえの淹れたお茶を飲めるとは思わんかったよ」 「あたしは、いつでも淹れて差し上げたかったわ。でも、あたし、全然塔から出してもらえなかったんだもん」 いたずらっぽく拗ねてそう言うと、ナダは自分の分のカップを持って、アールスの下手隣に腰を下ろした。ナダの向かいにはレルディン、アールスの向かいであるいちばんの上座にはラウェルスが座っている。四人はまず紅茶を飲み、文句のつけようのないその味にナダが他の三人から口々に賛辞を受けた後、アールスが静かに切り出した。 「それで殿下、どうなさったのですか?」 ラウェルスは紅茶のカップを小卓に置いた。 「ああ、少し事情があってな、城に戻りたいんだ」 アールスは驚いて、すぐさま反論した。 「無謀すぎますぞ! 最近では国内の至る所で、セシオス殿下の騎士団の者たちが見張っておるのですから」 「分かっている。ウルバースとの国境でも襲われたよ。だから、まず、ここへ来たんだ。あの道を使わせてもらおうと思ってな」 「あの道……?」 アールスは白い顎鬚をしごきながら、首を僅かにかしげる。ラウェルスは自慢げに笑みを浮かべ膝を組み変えると、詳しいことを話しだした。 ラウェルスは十歳くらいの頃、その年頃の少年にありがちな楽しみを持っていた。探検、だ。ある日、ラウェルスは王宮の裏庭の隅に、草叢に隠されて見分けのつかなくなつた枯れ井戸のようなものを見つけた。好奇心いっぱいに下に下りてみたラウェルスは、そこが地下水路を経て洞窟に繋がっていることを知った。更に、そこがもう何年も、いや、ひょっとすると百年以上、誰にも入られていないことも見て取った。ひどい量の蜘蛛の巣や、垂直の崖に吊るされた苔だらけの縄梯子、壊れた角灯に積もった厚い埃などを見たからだった。 その翌日から、ラウェルスは毎日少しずつ奥まで行ってみた。勿論、誰にも内緒だ。行き止まりにぶつかると、その日はそこまでで諦める。それを繰り返しているうちに、ラウェルスは思いもよらなかった場所に顔を出すことになったのだ。そこは……大神殿の礼拝堂の中だった。 その日はラウェルスが夜遅くまで見つからないということで、王城内では大騒ぎになっていた。それでも誰もこの洞窟へは探しに来なかったため、ラウェルスはここを知っている者は誰もいないのだと確信した。それならば、これは自分だけの秘密基地。誰にも絶対に話さない。そう心に決めて、父王たちには適当な言い訳をして謝っておいたのだった……。 話を聞き終えて、アールスは呆れ顔で思い切り溜め息をついた。 「殿下……ときどき本当にとんでもないことをなさいますな」 「遊び盛りだったんだぞ。城の中ばかりじゃ、退屈だったんだ」 ラウェルスがそう言うと、アールスは、やれやれというように笑った。 「しかし、ここと王城との間にそんな地下道があったとは、わたしも知りませんでしたな」 「ああ、誰も、兄上も知らないはずだ。だから、そこを通って王城に戻る」 アールスは困った息子を見るようにラウェルスを見た。足を組み背もたれにもたれて悠々と紅茶を飲み始めた炎の髪の王子は、よく晴れた空の色の目に強気な笑みを浮かべている。 「理由を話してはくださらんのでしょうな」 「勿論」 <水の祠>でのことは話すつもりはない。余計なことを話していらぬ心配をさせると、今度こそ本当に行くのを止められてしまう。止められてやめるようなラウェルスではないが、くどくど言われるのは面倒だった。 ラウェルスたち兄弟を、その幼い頃から見守ってきたアールスには、ラウェルスの性格がよく分かっている。彼は小さく肩をすくめた。 「そうですか。殿下は昔から強引なかた、何を申し上げても無駄ですな」 「そういうことだ」 全く何の邪気もないような笑みを浮かべる教え子の王子を見て、アールスは諦めきった表情で紅茶を一口啜った。そして、ふと、その隣に静かに腰を下ろしている絶世の美青年の涼しげな表情を見て思った。これならラウェルスのペースに振り回されることもない。うってつけの良い連れだ、と。ただ、心配なのは、可愛い孫娘も同然のナダだけだ。 「では殿下、もう何も申しません。ですが、くれぐれもナダのことだけは頼みますぞ」 「ご心配なく。俺たちは仲良くやってますからね。な、ナダ?」 ラウェルスにニコリと最上級の魅力的な笑みを向けられ、ナダは赤くなって慌てて俯いた。そして消え入りそうな声で答えた。 「は……はい……」 「なるほど」 アールスは、コホンと咳払いした。そして、全員が紅茶を飲み終わっているのを確認すると、立ち上がった。 「それでは、お部屋にご案内しましょう。今夜はゆっくりとおやすみください」 |
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