3.

 優しい色合いの赤い絨毯が真っ直ぐ壇上の玉座にまで伸びている謁見の間。
 ナダたちがそこに通されたとき、その玉座には既にほっそりとした姿があった。その姿が、立ち上がると二三歩進んで立ち止まり、来客が近づくのを待った。
 王宮を歩くことに慣れきっているラウェルスが威風堂々と絨毯の中央を進み、そのあまりに王子らしい後ろ姿にぼーっと見入っていたナダは、レルディンに促されておずおずと後を追った。
 途中で、ナダは玉座の前の人物が女性であることに気付いた。そして立ち止まったラウェルスの斜め後ろまで来たとき、その女性が優雅で美しいことを知った。
 形は質素だが最高級の絹のように見受けられる、全身を滝のように流れ落ちる淡い水色のドレス。高く結い上げた栗色の髪に輝く銀の冠。そして、玉座の後ろの壁に掛かるウルバース王家の紋章、<水の女王>ジェリドの武器である三叉の鉾に優美な波が絡みつく意匠の紋章、を背に微笑んだ美しい顔は、この都の水の煌めきそのものだった。
「お久しぶりです、アリシア陛下」
 ラウェルスが女王の前に跪き、差し出された白い手の甲に口づけた。
「本当に久しいですわね、ラウェルス殿下。あなたの成人式以来かしら。皆さんも、我が城へようこそ。わたくしはこの国の女王、アリシア=レダ=ウルバースです」
 女王の優しい眼差しを受けて、ナダは慌ててぺこりと頭を下げた。
「ナ、ナダ=ルーアです」
「レルディン=ビスラーダ……」
 レルディンは女王にも劣らぬ優雅さで軽く頭を下げた。
 女王はにこりと頷き、玉座に戻ってそっと腰を下ろした。
「それで、急のお越し、どうなさったのかしら? それもお忍びとは……」
 ラウェルスは立ち上がり、答えた。
「実は、<水の祠>の<鍵>を戴きたいのです」
「まあ、殿下が巡礼を? それでしたら事前に連絡してくだされば、アディアークの王城までお届けしましたのに」
「いえ……実は、この旅は父にも秘密なのです。父はわたしをなかなか城から出してくれませんので。巡礼には反対しないと思いますが、今度は多くの従者を付けられて仰々しい旅をさせられてしまいます。それはちょっと……遠慮したかったものですから……」
 この場で適当に作った言い訳だが、実際にもこうなりそうな気がして、ラウェルスは苦笑した。
 アリシア女王は上品に片手を口に当て、くすくすと笑った。実際は三十歳を回っているが、その仕草は妙に少女っぽく見える。
「殿下らしいですわね。ですが、今頃シクノス陛下は、さぞご心配になられているのではありませんか?」
「アールス大神官には言ってあるので、彼が何とかしてくれていると思います。それで……<鍵>を戴けるでしょうか?」
「ええ、勿論ですわ。少々お待ちになってね」
 そう言うと、アリシアはいつも持ち歩いている美しい小箱から、一枚のカードと、水晶のペン先を持つ青い羽根ペンを取り出した。そして、インクもつけずに、その羽根ペンでカードに複雑な記号を描く。当然カードは白紙のままだ。しかし、女王がそのカードを両手に捧げ持ち何か呪文めいた言葉を呟くと、一瞬青い光を発した後、カードの表面には先ほど女王が描いた記号が青い線で浮かび上がっていた。
 アリシア女王は玉座から立ち上がると、そのカードをラウェルスに差し出した。
「どうぞ、殿下」
「ありがとうございます」
 ラウェルスはそれを受け取ると、振り向いてナダに差し出した。
「ほらナダ、君が持ってろ。失くすなよ」
 ナダは受け取ったカードをしげしげと見つめた。それは、美しい飾り枠があり、裏面にはウルバース王家の紋章が描かれていた。大きさは、ちょうど掌に乗るくらいだ。ほんのり茶色がかった紙面に格子の地模様らしきものが見えるのは、ある種の植物の茎を押し伸ばしたものを縦横に並べて圧縮するという、古代の製法の紙だからだ。ナダはヴォーヌの塔でそういう紙を何度か見たことがあったので、すぐに分かった。しかし、どんな不思議な原理でこのカードに青い記号が描かれたのかは、当然ながら全く分からなかった。
「では陛下、これでお暇いたします」
 ラウェルスがそう言うと、アリシア女王は、まあ、と目を丸くした。
「そんなに急いでお帰りにならなくても、城にお泊まりになってはいかが?」
 ナダは何故か、ラウェルスがそれを断ってくれればいいと思った。その願いが通じたというわけではないのだろうが、ラウェルスは丁寧に言った。
「いえ、せっかくの自由な旅ですので。ご厚意には感謝しますが」
「そうですか。では、お気をつけて旅をなさってくださいね。皆さんも、ごきげんよう」
「陛下も、お元気で」
 ラウェルスが一礼した。それを見てナダはまたもや慌てたようにぺこりと頭を下げ、レルディンはやはり優雅にほんの僅かだけ頭を下げた。

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