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4. 地下道には、確かに人が住んでいるらしい形跡があった。壁には松明が等間隔に燃えているし、床を見てみると、あちこちひび割れてはいるものの埃が積もったりしているわけではなく、きちんと掃除されているのが分かった。ただ……。 所々に黒焦げの死体が立っていた。さっきのように襲ってくる気配はないが、充分に気持ち悪い。それでもラウェルスはさっきの戦いでもう慣れてしまって僅かに顔をしかめただけで、レルディンは勿論相変わらずの涼しい顔だ。しかし、ナダにはとても我慢できないだろうと判断したラウェルスは、少女をしっかりと自分のマントの中に頭からくるみ込んで歩かせた。周りの状況など知りたくもないナダは、黙ってされるがままになっていた。 松明を六本通り過ぎると、左手に古びた木の扉が現れた。 「ここか?」 ラウェルスがナダの覆いを外しながら問う。 レルディンは頷いて、男にしてはひどく繊細な手で、扉を二度、上品に叩いた。しかし返事はない。もう一度叩いてみると、誰かが近づいてくる気配がして、扉がゆっくりと開いた。 「おやおや」 そう言って現れた人物は、灰色のローブを纏った魔術師らしき中年初期の男だった。背はそれなりにあるものの、たっぷりとした衣の上からでもほっそりしていることが分かる。こんな場所に暮らしていて健康的な生活をしているわけがないのだから当然だが、顔色も良くない。そして、魔術師のわりには目があまり鋭くなく、ただの疲れたオジサンのように見えた。 男はナダたちをじろじろと眺め回し、そして肩をすくめて小さく首を横に振った。 「ここまで来たんなら、おまえさんたち、随分とわしの可愛い死体たちを壊してしもうたんだろうな……」 「可愛い……死体……?」 ナダはさっきの死体を思い出してみた。当然ながら、可愛さのかけらも見出せない。 「このおじさん……ヘン……」 ナダのその呟きを聞いて、男はまた肩をすくめた。 「まあ、立ち話も何だ。こんな所に何の用かは知らんが、とにかく中へお入り」 男は扉を大きく開いて、部屋の中に戻っていく。まずレルディンがその後に続き、更にその後にナダとラウェルスが続いた。 が……。 戸口に立った瞬間、ナダは固まった。 「あ……あたし……イヤ……」 強張った顔でそう言って、よろよろと後じさる。それを見て、男は心底傷ついたように言った。 「やはりお嬢さんは嫌がるか。この二体は躾も行き届いとるし、とくにわしの気に入りなんだが……」 死体に気に入りもへったくれもない、とナダは思ったし、他の死体とどこが違うのかも全くわからなかった。 男は渋々死体の方に向き直り、我が子を諭すような口ぶりで言った。 「おまえたち、向こうへ行っておいで」 すると、今まで奥の椅子の両脇に従者のように直立不動の姿勢で立っていた死体たちが、とても従順にこの部屋唯一の出入り口へ……ナダの方へ向かって歩き出した。 「……!!」 「おっと」 ナダが叫んで暴れだすよりも早く、ラウェルスがひょいとナダを引き寄せて戸口から引き離した。その横を二体の黒焦げ死体は、ぎこちない動きで通り過ぎていった。 ラウェルスの手が緩んで、ナダは顔を上げた。はぁ、と溜め息をつき、室内を見回す。しかし、死体がなくてもあまり気持ちのいい部屋ではなかった。 壁という壁を埋め尽くしている埃っぽい古びた本や、戸棚の中の何だか分からない道具などは、師匠のヴォーヌの部屋でも似たようなものだから、まあ、いい。問題は、部屋の隅に転がっている人間のものらしい頭蓋骨や、毒々しい緑色の液体に満たされた硝子瓶の中の臓物……。 だいたい、誰も近寄らない呪われた街にたった一人で住んでいること自体が、充分に不可解だった。じめじめしているわけではないが、充分な明かりがあるにもかかわらず陰気な雰囲気は拭いきれないし、何よりもここは死体だらけだ。 (こんな所に、よく住んでるなぁ……) ナダがそう思った瞬間、男が言った。 「お嬢さん、よくこんな所に住んでるな、って顔しとるな」 皮肉げな笑みを浮かべ、椅子に腰を下ろす。 「わしは屍術士だ。死体がなければ話にならんだろうが」 「屍術士……?」 小首を傾げるナダに、レルディンが答える。 「屍術士というのは、死体や骸骨に魔法をかけて動かすことのできる、魔術師の一種です。死体を操ったり、死体から話を聞いたりもできるといいます」 「じゃあ……このおじさんは、ここで死んだ人たちから話を聞いていて、あの大火災のことを知ってるってこと? それに、もし知らなくても訊いてもらうことができるのね?」 レルディンは僅かに微笑んだ。 「理解の早いお嬢さんですね。そのとおりですよ」 「だが……」 ラウェルスが厳しい声で言った。 「何故死体を動かしたりしてるんだ? そういうのって死者への……生命への冒涜じゃないか」 すると、屍術士はギロリとラウェルスを睨んだ。 「分かっとらんな。わしは偉大な研究をしとるんだぞ。人間の永遠の課題……不老不死について、だ。冒涜どころか、わしは生命をこよなく愛しとる。だからこその研究なのだ。考えてもごらん、あんたらは揃いも揃って美男美女だが、それも束の間。瞬く間に老いて儚く死んでしまうんだぞ。惜しくはないかね?」 ナダとラウェルスは答えられなかった。何かが違う気はしたが、老いたくも死にたくもないのは事実だからだ。一方レルディンは何か意見があるようだったが、緑の瞳は涼しげなままで、何も言わなかった。 屍術士はまた肩をすくめた。 「まあ、分かってくれる者がおるとは思っとらんよ。わしのやっとることを知れば、誰でも非難するだろう。だから、ここは都合がいい。誰も近寄らんから……まあ、おまえさんらは来てしまったが……邪魔されずに研究に打ち込める。死体もたっぷりあるしな。まあ、黒焦げにはなっとるが贅沢は言えんよ。普通、死体を手に入れるのは、ひどく大変なことだからな」 それだけ言うと、屍術士は机の上で骨骨しい両手を組み合わせ、ナダたち三人の顔を順に見た。 「さて、そろそろ用件に入ろうか。何か、さっきの話を聞くと、大火災がどうとか言っとったな」 「はい。12年前にこの街を滅ぼしたという大火災について、何か知っておられることがあれば教えて戴きたいのです。それと……」 夏の森の色の目がナダに向けられた。ナダは今更ながら戸惑って、ラウェルスを見る。ラウェルスが頷くと、ナダはそろっと口を開いた。 「あの……あたしの身元を知りたくて……」 「身元?」 「あたし、12年前、この街の焼け跡で拾われたらしくって……でも、その大火災の衝撃で記憶が……」 「ほう……」 屍術士は、そのことを聞いたときのレルディンと同じように、意外そうにしげしげとナダを見た。ただ、レルディンのとき程探り回されているという感じはなく、身構えていたナダは少し肩の力を抜いた。 「住民は全滅だったと聞いとったが、生き残った者がおったとは驚きだな。お嬢さんは相当な強運の持ち主というわけだ」 そう言って屍術士がナダに笑いかけたので、ナダはおずおずと笑みを返した。この男が笑みを向ける相手は今ではいつも死体だけだということを考えれば、彼は随分とナダに興味を持ったのだろう。勿論、死体にしか興味のない人間に興味を持たれても、あまりいい気持ちはしないだろうが。 「よし、協力してやろう。ただし……」 「ただし?」 「先にわしに協力してくれたら、の話だ」 「協力? 何をすればいいの……?」 死体になって、この男の実験材料になることだろうか? しかし、いくら歩くことができても、この先の人生を死体として過ごすのは絶対にイヤだ。 心底不安そうなナダの顔を見て、屍術士は苦笑した。 「そんな顔しなさんな。わしはわざわざ誰かを殺してまで死体を手に入れるようなことはせんよ。既に死体になっとるものを利用しているに過ぎん。わしの頼みは、<精霊の水晶>を四つとも持ってきてくれること。ただ、それだけでいい」 「そんなことか?」 ラウェルスが言った。 「そんなもの、自分で授かりに行けるだろ?」 「それができんから頼んどるんだ。わしは屍術士だぞ?」 「ああ……」 ラウェルスは納得した。そして暫く考え込んだ。やがて、まあ何とかなるだろう、と呟くと、屍術士に言った。 「分かった。持ってきてやる。だが、ちゃんと約束は守れよ」 「勿論だ。死体は嘘をつかん。わしも嘘はつかんよ」 |
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