2.

 ハッと我に返ったナダが目を開けて、声のした方を見ると……。
 そこには、すらりとした長身の美しい人物が静かに立っていた。長い銀の髪に、夏の森のような緑の瞳。あまりに綺麗で優雅なのでナダは一瞬男性か女性か悩んだが、さっきの声と秀麗ながらも鋭い眉目から、男性だろうと判断した。
 それにしても、この青年は今までいったいどこにいたのだろう? ナダもラウェルスも互いの存在以外の人の……生き物の存在は一切感じられなかったのに。
 茫然と、そして訝しげに佇む二人に、美しい青年は静かに歩み寄ってきた。その手には、短刀が五本握られている。
 ナダの物だ。全て拾ってくれたらしい。青年はそれを清々しい無表情さでナダに差し出した。
「あなたのですよ。早くしまいなさい」
「は……はい……すいません」
 ナダは、まだ茫然としたままで短刀を受け取った。受け取りながら、間近にある青年の美貌に溜め息をついた。
 この青年がこんな黒い街の残骸の中にいるのは、あまりに似つかわしくなかった。勿論ナダだって充分に可愛い少女だし、ラウェルスもとても端正な顔立ちで充分に美男だ。しかし、この銀の髪の見知らぬ青年の場合は、どこか人間とはかけ離れた美しさなのだった。
 短刀を腰帯に収納しているナダの横で、ラウェルスが青年に問い質した。
「何者だ? 何故、こんな所に?」
 厳しい、警戒に満ちた声。
 まあ、確かに怪しいだろう。国じゅうの誰もが恐れて近寄らない滅びの街を、たった一人で歩いている絶世の美青年、だなんて。それに、このところは音沙汰がないが、ラウェルスへの新たな刺客という可能性がないわけではないのだ。美しいからと言って、そうでないとは断定できない。
 しかし銀の髪の青年は、炎の髪の王子の突き刺すような視線にも全く動じていない。朝日を浴びて草葉から零れる露の静けさと涼しさで、逆にラウェルスに問い返した。
「では、あなたがたはどうなのです? こんな所で仲良く散歩、というわけでもないでしょうに」
「俺たちは、この子の両親や素性のことを調べに来たんだ」
「ここに? ここはもう、十二年も前に滅んだのですよ?」
「そのときの生き残りなんだよ、この子は」
 そう聞いた瞬間、青年は僅かに片眉を上げてナダを見た。何かを探るように、しげしげと全身を眺め回す。
「本当に……?」
 囁くように、そう言う。
(何……なの……?)
 ナダはなんとなく不安になりながらも、おずおずと頷いた。
「ふうん……そうですか……」
 意味深にそう呟いて、青年は再び無表情になった。
 しかし、ナダが問うようにじっと見つめていることに気付くと、青年はほんの少し微笑んで言った。
「わたしも少し調べたいことがあって、ここへ来たのですが……ひょっとすると、少しはあなたのお手伝いができるかもしれませんよ」
「……って?」
「ついて来れば分かります。さあ、どうします?」
 青年のとても丁寧な物腰に、ナダの不安はいくらか拭われた。それでもまだ自分では決めかねて、ナダはラウェルスの顔を見た。
 ラウェルスはもう一度、青年の夏の森の目を見据えた。しかし、青年はやはり涼しげに見返すだけで……。
 ふうっ、と息を吐き出して、ラウェルスはナダに目を向けた。
「君の好きにするといい。とりあえず悪人ではなさそうだから」
 ナダは頷いた。それを見ると青年は言った。
「決まりましたね? では行きましょう。わたしの名はレルディンです」
 ナダはにこりと笑って頭を下げた。
「ナダ=ルーアです」
「ラウェルスだ」
 それを聞いて、レルディンは少し意外そうな顔をした。
「千年前に魔王レナコルディを封じた英雄と同じ名、ですか」
「まあな」
「ではナダ、ラウェルス、ついて来てください」
 レルディンはそう言うと、優雅に身を翻して歩き出したのだった。

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